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2019年9月11日水曜日

無邪気さの消失【2】

僕らの中からは以前のような無邪気さが消え失せてしまった。
残念ながらこれは事実だ。
僕らにはもう、絶えず他人を警戒し、片時たりとも気を抜くことができないような、そんな不毛な人生しか残されていないのだろうか。


いや、そんなことはないはずだ。


確かに無邪気さという性質は失われたかもしれない。
だが、それと引き換えに得られたものもある。
周囲の世界や人間関係を、より現実的な角度から冷静に見られるようになったじゃないか。
晴れてこうしたスキルを習得できたのだから、苦労した甲斐もあったというものだ。


もちろん、以前の僕らはこんなじゃなかった。
当時の僕らがやっていたのは、僕ら自身の中にある善良さというフィルムを、無意識のはたらきという映写機を使い、正面のスクリーン、つまり目の前に現れた人物の上に投げかけて作品を映し出す、といった作業であった。
これ、世間で言うところの「いい人」ほどやってしまいがちだ。
で、「ああ、この人もきっといい人に違いない」と早々に評価を下してしまう。


こうした心のはたらきは「投影(projection)」と呼ばれている。
多分、あなたにも思い当たるところはあるんじゃないかな。

https://pixabay.com

人の本性を見抜けるようになりたい。
あなただってそう思っているよね?
だったらまず、その人がどう振舞うのかをじっくりと観察する習慣をつけよう。
実際にどんな行動に出たか、に注目しよう。大事なのは言葉じゃない。行動だ。
そうすればその人の人となりについての情報はひとりでに浮かび上がってくるよ。
人物評価を下すのはそれから後でも決して遅くはない。



ね?
悪いことばかりじゃないよ。
サイコパス体験を経なければ、このような先々まで役立つスキルを身に付けるチャンスは得られなかったかもしれない。


最初の頃はとにかく悲しさで心が押しつぶされそうになるだろう。それ以外の感情はほとんど湧かない。
そもそも、無邪気さが完全に自分の中から消え去るまでの期間は、心の内側で何が起こっているのか、自分でもよくわからないはずだ。
なくなってはじめてその存在に気付く。
あなたにとっての無邪気さもまた、そういう類の性質だったようだ。


これまで虐待経験を無事乗り越えた人々(サバイバー)にいろいろと話を聞いてきたけれど、次のような感想を漏らしている人が案外多かったように思う。

【悲しみや怒りといった感情を、どうやって外に向かって表現していいのかがわからない。】

いやな顔一つせず、常に明るく、他人のために走り回っている便利屋さん。
生まれてこの方ずっと、家族や周囲の人々からはそうした役割を期待されてきた。
仕事をこなしていく上で、生々しい感情なんてものは邪魔でしかない。
湧いてきたら、即、封印。
彼らにとって、それはごく当たり前の対処法だった。


やがてこうした人々の内面世界は

【誰にでもきっといいところがあるはずだ。 短所ではなく、その人の長所に目を向けてあげよう】

といった「性善説信仰」にじわりじわりとむしばまれていく。
その思い込みは日に日に強まるばかり。一向に衰えることはなかった。
目の前で展開されている光景がどれほど醜く、そして忌まわしいものであってもなお、その頑固な性善説信仰はびくともしなかった。
「欠点ではなく、むしろ長所に着目しよう。」
これがあなたにとっての金科玉条となったのである。


そして遂にサイコパスが登場する。


「どうか良い方へと変わってほしい」
もともとは光輝く「性善説」に満ち満ちた心の持ち主だった、あなた。
持てる全エネルギーを注ぎ、身を粉にして奴のためにさんざん尽くしてみたものの、結局あいつは何も変わらなかった。変わるどころか、その傍若無人ぶりはますますエスカレートしている。
これほど手強い相手に会ったのは生まれて初めてだ。


それでもあなたは諦めることなく、奴に振り向いてもらいたくて、必死の努力を続けた。
少し前に書いた「認知的不協和」という現象も、ちょうどこの時期に生じてくる。
何をやっても、どれだけ尽くしても、あなたの祈りが奴に届くことはない。
全てがむなしく空回りするばかりだった。

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【*注:参考記事 「認知的不協和の意味と例」より

「人は自分の信念や、それまでの行動内容とは矛盾する、"新しい事実"を突きつけられると、"不快な感情"を引き起こします。その結果、自分の信念や行動と、"新しい事実"のどちらか一方を否定して、矛盾を解消しようとします。これを認知的不協和と呼びます。そのとき、信念を変えることが困難な場合、人は"新しい事実"の方を否定しようとします。」


論理的思考力と論理的な討論 議論 ディベート ディスカッション のHP(http://ronri2.web.fc2.com/index.html)より引用させていただきました。】



【明らかにダメな相手なのに、無理やり良い相手であるかのようにこじ付けて自分を納得させる】。これも立派な【認知的不協和】と言えます。


~いかにもありそうな話(フィクション)~
「彼、私の誕生日には泊まりでどこか旅行に行こうね、ってあれほど言ってくれたのに。LINEも既読スルーで、もう一週間も音信不通。仕事、忙しいのかな...彼、新プロジェクトの件ではすっごく上司から期待されてるって嬉しそうに話してたもの。ここで頑張らないと後が無いから、とも言ってた。
...そうだよね、忘れられたわけじゃないよね。仕事のことで頭がいっぱいなんだと思う。ここはひとつ、彼の大変な立場を理解しなくては。待っていれば必ず連絡が来るだろうから、黙って応援することにしよう。」
ーーー>その後間もなくSNS上に流れてきた写真で、彼女はこの彼氏が別の女性とハワイで楽しい休日を過ごしていたことを知った。
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【理想化】、そして【脱価値化】
天国から一気に地獄、地獄からまた天国へ、といった具合に、両極端の状態を何ヶ月にもわたって行き来させられたことで、あなたの精神は徐々に平衡感覚を失っていく。
一体相手の真意はどこにあるのだろう。
先の展開は全く読めない。



「愛してるよ」
あの人の口から確かにこの言葉を聞いた。
諦めるのはまだ早い。望みを捨てずにいよう。もう少し待ってみよう。
そう自分に言い聞かせたことも、ただの一度や二度ではなかったはずだ。
だが、当時、あいつがどのような行動に出ていたか、思い出して欲しい。
果たしてそこに愛情はあっただろうか?
奴の言っていることとやっていることとの間には、深く大きな溝がありはしなかっただろうか?


罵倒。
非難。
浮気。
嘘。


そもそも、二人が本当に愛し合っていれば、こうした負の要素が間に割って入ることなど、まずあり得ない。
愛あるところに「もう死んでしまいたい」という自殺念慮など生じるはずもない。
心傷ついた人を嘲り、貶めるだなんて、とても愛ある人のすることとは言えない。
あなただって心のどこかではちゃんとわかっていたんじゃないかな。
「この人の中には愛なんてない」ってことを。


そのような辛い体験が積み重なって、一人悶々と思い悩む時間が増えていけばいくほど、怒りの感情があなたの心の奥深くに堆積していく。
怒りだけではない。
うつ状態もまた、日を追うごとに悪化の一途を辿っている。


身も心もサイコパスにすっかり食い尽くされてしまったかのような、そんなあなた。
かつてはまばゆいほどの輝きを誇っていた光も、今や風前の灯と化してしまったようだ。
あなたの強力な光をもってしても、あいつを改心させることだけはできなかった。
このままさらに心労が続けば、遅かれ早かれあなたの方が相手の闇にぱっくりと呑み込まれてしまうに違いない。



もはや誰の目にも明らかだ。
あなたから放たれる光の勢いは、日一日と弱まりつつある。
一体この先、どこまで持ちこたえられるのだろうか。





2019年2月1日金曜日

複雑性PTSD

複雑性PTSD

症状:知覚麻痺、社会から隔絶されたように感じる、フラッシュバック(再体験症状)、特定の記憶がきっかけとなって発症、恋愛やセックスへの嫌悪感、「自分の中に二人いる」ような感覚、社会的に孤立。





感じる必要のある感情は余すところなく味わい尽くした。
今は身も心もボロボロ。
全精力を使い果たしたかのように消耗してしまった。


まぁ、何だかんだ言ってはみたが、所詮僕らも生身の人間でしかない。
怒りと鬱とを抱え込んだままで一生終えろ、だって?
そんなの真っ平ごめんだよ。救いも何もあったもんじゃない。


ある程度は本音をぶちまけるのも必要だろう。「健全」の枠内に留まっていられる限りは、ね。
だけど度を越せばそれもまた病的になり、中毒化する。
そうなると、後はただの反芻行為でしかない。


もうわかってきたはずだ。
あそこまでひどい虐待行為に出た人間とよりを戻すことなど、今後絶対にあり得ない、ってこと。
そう。
真っ黒な過去はどうあがいたところで真っ白にはならない。
無理だよ、そんなの。




となると、次には一体何が起こるのだろう?
「自分は虐待の被害者となった」
この辛い現実と折り合いを付けながら、元のような生活に戻るにはどうしたらいいだろう?
過度にちやほやされ、もてはやされることにすっかり慣らされた後にいきなり訪れたのは、平凡な日々の連続だった。
どうすればそこに楽しみを見出すことができるだろう?


今いる世界が前いた世界と同じだなんて、とても信じられない。
生気が抜け落ちてしまったかのようだ。
周囲にあるのはつまらぬ景色ばかり。
夢も希望も全く視界に入って来ない...。


きっかけはほんの些細な事だった。
激しく心をかき乱され、冷静さを失ったあまり、あなたは予想外の過剰反応に出る。
これには相手もびっくりだ。
本当ならば楽しいひとときとなるはずだった。
気になっていた人との念願のデートだったかもしれない。
あるいは旧友との久々の再会だったかもしれない。
なのに、あなたがとげとげしい態度に出たことで、雰囲気は一気に悪化。
何とも後味の悪い時間となってしまった...。
そのようなほろ苦い経験をした人、少なくないんじゃないかな。


「この人も、自分の思い通りに私を操ろうとしているんじゃないの?」
「やだな、また危ない奴に引っ掛かったらどうしよう」


あなたの心に敷かれてしまった厳戒態勢。
どうやらこの先しばらくの間は解除されそうにもない。


たかが冗談、と笑い飛ばすことだってできたはず。
だが、あなたはどうしても過剰な反応をせずにはいられなかった。



原因は明らかだ。
「恐怖心」が悪さをしたんだよ。
この恐怖心という奴、あなたの心の奥底にどっかと腰を据えていて、当分の間退去するつもりは無いようだ。
全くもって癪に障るよね。


恐怖心に乗っ取られたあなたは、見る人会う人誰もが自分に牙をむき、襲いかかろうとしているんじゃないか、との被害妄想に囚われ、ますます警戒の度合いを高める。
こんな調子ではおちおち街歩きもできやしない。



それでもなんとか力を振り絞り、家を出て、誰かに会いに行くところにまでこぎつけた、としよう。
あなたは早速、相手の口から出てくる言葉の一つ一つをいちいち深読みし始める。
不要に話をこじらせ、ややこしい方向へと持っていきたがる。
やがて相手との間には気まずい空気が漂い始める。


するとあなたは
「あ、この人とはもう終わりだな」
との極論へと走るんだ。
自分の中のモヤモヤを早く片付けたくて仕方がないんだね。
だから、特に明確な理由も無いのに、口実を次々とでっち上げて「ハイ、関係終了」との流れへと持って行きたがる。


もう少し後になれば、友を切り捨てる寸前だった当時の自分がどれほどおかしくなっていたかがわかるだろう。
後悔、自責の念、恥といった負の感情に激しく苛まれるだろう。


この時期には他人に対して抱く印象や人物評価もコロコロと変わりやすいものだ。
全肯定から全否定への瞬間移動なんて当たり前。
昨日の友は今日の敵、である。


ああ、確か前にもそういうことあったよ。
そう。例のサイコパスの正体が判明した時、だ。
あなたの中で、一瞬のうちにあいつが「100%シロ」から「100%クロ」へとひっくり返っただろう?
覚えているだろう?


あそこまで強烈な恐怖体験、長い一生の中でもそうそう何度もお目にかかることは無いよね。
あれ以降、あなたは見聞きする物事や人々についての全情報を「恐怖」というフィルターを通してキャッチするようになってしまった。
何もかもが「恐怖色」に染められた状態で自分の中に入って来るようになった。
不思議だよね。例のサイコパスと距離を置くようになってから、もう随分と経つはずなのに。


「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」を発症する人は、何も退役軍人や誘拐事件の被害者ばかりとは限らない。
よく誤解されることだから、ここではっきりさせよう。
あなた自身が今、そうした状況の真っ只中にある、という事実が何よりの証拠さ。
今のあなたは、以下に挙げるPTSDの診断基準を全てクリアしているよ。


1.心的外傷が残るような出来事にさらされたか。
Yes。愛した人からの虐待という経験はトラウマ(心的外傷)となってあなたの心の中に深い傷跡を残した。当然、その後の人生にも大きな影響を与えていくはずだ。

2.心的外傷となる経験がしつこく繰り返されたか。
Yes。あなたは、いわゆる「ツンデレ」「鞭(むち)と飴(あめ)」、つまり冷遇期と蜜月期とが交互に繰り返されるパターンの虐待を相手から受けていたよね。何度も何度も。

3.執拗な回避、感情麻痺が見られるか。
Yes。あいつの言動があまりにも理不尽過ぎたために、辻褄合わせや苦し紛れの解釈といった作業があなたの中では半ば日常化していた。そのため、回避、感情の鈍麻化といった心的メカニズムを用いる機会が自然と増えてしまった。

4.発症前には見られなかった覚醒亢進状態【*訳注】がずっと続いているか。
Yes。「感情は後から遅れてやって来る」の段階からこのような症状を自覚するようになった人は多いんじゃないかな。
最終的にその高まりは不安や恐れといった感情へと転化されることで表に出てきたよね。
【過去記事】「感情は後から遅れてやって来る」 
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/12/blog-post.html
【*訳注:気持ち・感覚の高ぶり。原文は”arousal”。心理的・身体面での両方で平常時と比べて高ぶった状態にある、という意味と解釈しました。コトバンク/大辞林第三版の「亢進」の項、ご参照ください。https://kotobank.jp/word/%E4%BA%A2%E9%80%B2-495836 】

5.症状が一ヶ月以上続いている。
Yes。普通、サバイバーが立ち直り、再び誰かを愛せるようになるまでにはおよそ1年~2年の期間を要するとのことだ。

6.弱体化が甚だしい
今、あなたはどんな気持ちでいるだろうか?調子はどうだい? 
実際のところは「弱体化」なんて生易しいものじゃない、よね?




これでわかってもらえただろうか。
あの体験を境に、あなたの脳内では化学物質の状態が激的に変化してしまったんだ。
もし、心の専門家の助けを借りるのであれば、こうした厄介な脳の仕組みまできちんと理解している人を選んだ方がいいと思う。
せっかく調子が上向いて来たというのに、突然脳が暴走し、それまでの努力が全て水の泡に...なんてことにならないためにも、ね。


メンタルを病んだからって、恥ずかしがることなんて全くないさ。
この先どうしよう、なんてくよくよしている暇があったら、その時間を「自分に合った心の専門家」を探し出す作業に費やした方がよっぽどいいよ。


個人的な話になるが、僕は「対人間の虐待(relationship abuse)」を専門とする心理療法家にかかることができたおかげで、非常に大きな成果を上げることができた。
この女性療法家と過ごした時間は、僕のその後の人生を大きく左右するような、かけがえのない経験となった。
今、穏やかな気持ちでこの本を書いていられるのは彼女のおかげだ。
彼女がずっと僕を支え続けてくれたからこそ、今日の平和な日々がある。
そう言っても決して大げさではないと思う。



ただ、気を付けておかなければいけないこともある。
心を扱う人々の中には「良い専門家」ももちろん大勢いる。
ただ、「ダメな専門家」も少なくないんだ。見た目には同じ「専門家」の看板を堂々と掲げているから厄介なのだが。
まぁ、これは何も心理職に限っての問題じゃないけどね。



「この先生、どうかな」
実際に顔を合わせてみて気に入ったら、続けてその専門家のところに通えばいい。
気に入らなければそれっきり、でもOKだよ。
あくまでも決定権はあなたの側にあるんだ。
別に心の問題を扱うプロはその人一人しかいないってわけじゃない。
どうもしっくり来ないと思ったら、他の先生のところに行ったって一向に構わないんだよ。


信頼すべきは自分の直感/直観(intuition)だ。
心の専門家選びに関しては、中途半端に妥協しちゃいけない、と僕は思っている。
「この先生がいい!」
心からそう言えるような専門家に出会えたら、ぜひともその縁は大事にしてもらいたいな。

2018年12月14日金曜日

感情は後から遅れてやって来る~猛烈な怒り・抑うつ状態~

感情は後から遅れてやって来る

症状:猛烈な怒り。抑うつ状態。極度の嫉妬心。考えが次から次へと湧き起こる。憎悪。加虐者に接触したいとの気持ちが抑えられない。


さて、 サイコパスの化けの皮は剥がれた。
覚悟はいいかな。
これから先、不愉快な感情が次々と波のように押し寄せてくるはずだ。
余計な力を抜いて、気楽に構えればいいよ。
どうせすぐには終わらないから。


この段階では、あいつと付き合っていた間に抑圧されていたいろいろな感情がどっと噴き出してくる。
覚えているだろうか。
当時だって、本当は心の奥でさまざまな感情がうごめいていたんだ。
にも関わらず、それら全てが脇へと押しやられてしまった。
二人の間に波風を立てたくないから、というだけの理由で。


だが、そうした負の感情全てが消え失せたわけじゃない。
自分自身への疑い、不安感といった別の姿をとってあなたの中にしつこく居座り、事あるごとにあなたの心をかき乱していたんだよ。



サイコパス・ゲームの種明かしをされてからのあなたは、それこそはらわたが煮えくり返るような気持ちでいるんじゃないだろうか。
だって騙されたのだから。
操られたのだから。
貶められたのだから。


猛烈な怒り  


自分へと向けていた疑いの念は、今や怒りへと置き換えられた。
とうとう真実が白日の下にさらされたからだ。


要するに、あなたはあいつに利用され、手懐けられ、洗脳されたわけだ。 
腹立たしい、などといった生ぬるい言葉ではとてもこの怒りを言い表すことはできない。
できるものなら息の根を止めてやりたいとさえ思う。 
奴の知り合いを片っ端からつかまえて「あの人、こんなひどいことしたんですよ!」と直接ぶちまけたくてたまらない。 
 「地獄へ落ちて黒焦げになれ!」
そんな手紙の一つや二つも書いて、送り付けたくなる。  



友人・家族に会えば、どうしてもあいつとの一件について話をせずにはいられない。
封印しろと言われたって、もう無理というものだ。
もはや心はバースト寸前なのだから。


わかるよ。 
あれほど長い間しゃべるのを禁じられ、ぞんざいに扱われ、踏んだり蹴ったりの毎日を強いられたんだ。
今ようやく自由に声を上げられるようになったというのに、ただ黙っていろだなんて。
あまりにも悔しいよね。 


ただね、不貞行為や嘘といった事実を並べてあいつの非を暴こうとしたところで、その話、間違いなくひっくり返されるよ。 
涼しい顔で「違う。悪いのはそっちの方だ」とあなたの方へ非難の矛先を向けてくるに決まっている。
そうなると、あなたは怒るのも忘れて「やっぱり私が悪かったのかも」と後ろめたい気持ちにさせられるかもしれない。
これではあちらの思うつぼだよ。



以前のあなただったら、認知的不協和にぶつかるたびに必死に怒りを圧し殺していたんじゃないかな。
そうやって自分自身を無理矢理納得させていたのだろうね。


 

だが、今回だけはそうしなかった。 
怒りは怒りと認めて、きちんと表に出した。
あなたもようやくそこまでできるようになったのだ。 


もう一つの遅れて来た感情・嫉妬心についても同じようなことが言える。 


あいつ、どれだけ長い間二股かけていたんだろうね? 
嫉妬心に駆られ、普段のあなたからは考えられないような醜態をさらしたこともあったよね。
あいつ、それさえも自分の都合のいいように利用しただろう? 
「ご愁傷様だね」「気の毒に」など、いかにもいい人といった感じのセリフを連発しながら、新しい相手にすり寄って行ったんじゃないかな。


だからといって、あちらが仕掛けた中傷合戦という罠にはまっては、今までの努力も水の泡となってしまう。

「私、間違っていません!」と、あなたが大声張り上げて必死の訴えをすればする程、ズルズルと深みへとはまり込んで逃れられなくなるよ。


※参考過去記事:【気が付けば、被告席に】https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/05/blog-post.html


「遅発性」、すなわち後から遅れて生じてきた猛烈な怒り。
サイコパス的な人間関係が終焉を迎えると、必ずと言っていいほど噴き出してくるものだ。 
もっとも、そうした自分の中の怒りに気付き、身体でもって感じられるようになるまでにはある程度の時間が必要だろう。
数か月でその域に達した、という人もいれば、怒りを自覚できるまで数年はかかった、と語る人もいる。人それぞれである、としか言えない。


だけど、その怒りを相手にぶつけるのだけはなんとか思いとどまって欲しい。 
そんなことしたって、何一つ良いことなんて無いのだから。 


とにかく、今は落ち着きを保つこと。 
ちょっとやそっとで動揺しないこと。 
この二つが何よりも大切だ。 


というのも、サイコパス側としては、あなたがカッとなってくれた方がかえって好都合なんだよ。 
「みなさん!この人、頭おかしいですよー!」と大声上げて周囲の人々に拡散する絶好のチャンスだからね。 
...しかも「この人、別れてからもまだ未練たらたらなんですよー!」と、「自分、モテてます」アピールまでできるとあって、まさに一石二鳥。奴にとっては願ったりかなったり、だ。 


あいつはね、あなたとの仲がとっくの昔に終わっているにもかかわらず、再び三角関係に引きずり込んでしまおう、と目論んでいるんだ。 
「ノー・コンタクト(絶縁)」ルールを守るあなたが奴の前から完全に姿を消していようがいまいが、奴にとってはどうでもいいらしい。


まぁ、所詮怒りは怒りでしかないんだよ。やれることには限界がある。


本気で自分を癒したいのなら、怒りという感情は決して切り捨てちゃいけない。回復への重要なカギを握るのが、この怒りの扱い方だと思う。


相手に向かって怒りを爆発させたところで、一体何になるというんだ。
その瞬間だけはスカッとするかもしれないが、長い目で見てそれが永続的な心の平和をもたらしてくれるだろうか。
その可能性はきわめて低そうだ。


だったら、「自分自身を大切にする心/自尊心」をより大きく、より健やかに育て直していくための起爆剤として、怒りという感情を活用すべきじゃないかな。 
怒りのエネルギーを上手く使いこなせるようになってはじめて、僕らは本当の意味で癒されたと言えるのではないだろうか。



そう。 あなたはもっともっと良いもの・良い人間関係に恵まれてしかるべき人なんだ。
ここを理解できたら、あなたの「自尊心」はすくすくと育っていくだろう。 



抑うつ状態 

気持ちが大きく沈み込む。 
かと思えば、今度は腹が立って腹が立って仕方がない。 


二つの状態を振り子のように行ったり来たりする時期はしばらく続くだろう。 
良い日もあるし、悪い日もある。
なんとか気分を安定させようと努めてはみるが、どうもうまくいかない。 


夜、寝る時には「もう大丈夫!次、行くぞ!」と前向きになれたはずなのに、翌朝目を覚ましたら気分は最悪。枕に顔を埋めてわんわんと声を出して大泣きする...。
当分、そのようなパターンが繰り返されるだろう。 


悲しい気分になるのはごめんだ。 
かと言って、怒り狂うというのもどんなものかと思う。 
私、人を好きになったってだけだよね? 
なのに、どうして人を好きになったことでひどい目に遭わなきゃいけないわけ? 


一度こじらせてしまうと、頭の中から加虐者・サイコパスを追い払うのは極めて難しくなる。


街を歩けばカップルの姿が否応なしに目に入る。
あの、失われた恋の日々をどうしても思い出さずにはいられない。 


ラジオのスイッチを入れれば、昔好きだったラブソングばかり流れて来る。それも、次から次へと。


ワイングラスが目の前に来た。どっと涙があふれてしまいそうだ。
泣いたら周りの人からは白い目で見られるだろう。頭ではわかっている。でも...。


やがてあなたは身近な社交の場から身を引き、一人ぼっちになることを覚える。 
唯一の「付き合い」は、ネット掲示板やSNSでのやり取り程度。みんな経験者だけあって、悩みも苦しみも全てわかり合える。その気楽さがうれしい。
一方、現実世界の友人・知人とはますます接点が減っていく。
どうせ彼らに話したところで理解されないに決まっている。話すだけ無駄だ...。


脳内は強迫的な、せわしなく飛び交う思考でもって埋め尽くされる。 
ほんの些細なことにも敏感に反応。
頭の中はカオス状態で、まるで収拾がつかない。 


だが、ここで再び浮上してくるのが「他人との境界線」である。
(もっとも、あなたの場合は「再び」ではなく「生まれて初めて」とするのが正しいのかもしれない。) 



※過去記事:【境界線(バウンダリー)】の発見 https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/11/blog-post.html


あの頃の自分は、なぜあそこまで卑屈になれたのだろう。 
どれだけ多くのものを失ってしまったことだろう。
おぼろげではあるが、その答えが徐々に見えてくる。 
今頃になってようやく、ではあるけれど。 


...あの邪悪な奴をうっかりと人生に招き入れたことで、どれだけ多くの犠牲を払わされたことか。 
失くしたのは友達だけじゃない。
何もかも失ってしまったじゃないか。 
金も、人生経験も、ささやかな幸福感も、全部。 
たった一人のろくでなしと関わってしまったがために。 


かつてのあなたは、いつも愛ある眼差しをあたたかく世界へと向けているような人だった。 
今や、その眼(まなこ)はかたく閉ざされてしまったかのようにすら見える。 


「相手の言動はとりあえず良い方向に解釈してあげるべき」
性善説に基づく人付き合いを心掛けてきたあなただったが、例の悪夢を境に、他人というものを一切信用しなくなってしまった。 


気が付けばいつもびくびくしている。胸のあたりが締め付けらるようだ。
そんな不快感にあなたも毎日悩まされているんじゃないかな。
...悪魔の長く鋭いかぎ爪でもって心臓をわしづかみにされてしまったかのように、胸が苦しい。
僕らがどれだけしんどい思いをしていたか、ここまで書けば少しは伝わるだろうか。 


いっそ、全てを忘れられればどんなに楽なことか。
だけど悪魔はちょっとやそっとじゃ退散しなさそうだ。
あなたの心の至るところに出没しては、わざわざ辛い過去の記憶を引きずり出す。
そんな嫌がらせを、朝から晩までやっている。


「そう易々とお前を逃してたまるか」とでも言わんばかりに。


2018年10月19日金曜日

信じやすい心

2.信じやすい心

「考えるのはいい。 
だが、何もかも鵜呑みにしてはまずいのだ。」 
https://zooll.com/

これ、昔からあちこちで見かけるフレーズだよね。
グランド・フィナーレを既に迎えてしまった人にはぜひともじっくりと噛みしめてもらいたい。
常に頭の片隅に置いておくといいよ。


サイコパス被害から無事立ち直ったサバイバーに数多く接してみてわかったのだが、彼らが共通して持つ、ある種の性格的な特徴といったものは確実にあると思う。
中でも特に目立つのが、

・柔軟性に富む(オープンマインド)
・他人の言葉に影響されやすい

という二つの傾向だ。
もちろん、そうした性格が素晴らしい美点としてプラスに働く場合もあるよね。
これについては僕も異論は無い。


だが、扱いには少々のコツを要する、というのも、また事実である。
まずは自分自身の内側をじっくりと見つめることから始めよう。
自分にもいい部分があった、と満足するだけではだめだ。
そのいい部分を上手に使いこなせるようになり、より適した場所や使い道へと向けてやるところまでやって欲しいんだ。
その手間暇を惜しむようでは、遅かれ早かれ厄介事に巻き込まれるのは避けられない。


あなたは何度も「もしかして、私もサイコパス?」と自分に問いかけたのだったよね。
そもそも、そんな疑問が湧いてくること自体、あなたが石頭人間ではなく、ちゃんと心が開いていることを物語っていると思うんだけどな。
あなたの場合、自分がサイコパスだという明白な根拠があったから自分を疑い始めた、というわけではなかった。
発想が柔軟で、新しい見解を受け入れるだけの開かれた心を持つ人だからこそ、つい、自分自身を容疑者の一人にしてしまった。
ということで、この件についてはひとまず一件落着、としよう。



脳が何か新しい話を持ちかけて来たら、まずはその話に耳を傾けてみる。
来るものは拒まず、だ。
おおらかなあなたは、昔からそうした傾向が強かったんじゃないかな。
だとしたら、時にはお馴染みのパターンをわざと崩してみてはどうだろう。


「何これ。ちょっと、おかしくない???」
大いに笑い飛ばして、あっさりダメ出し。
終了。


といった具合に。
これからは、軽くいなしてやり過ごす、という技も使えるようになるといいよね。
何でもかんでも真に受けるだけが能じゃない。


僕が接触したサバイバーには


「私はひどい人間だ」


との思い込みを簡単に自分の中に取り入れ、そのまま手放さずにいたような人も少なくなかった。
僕としては、これが実に残念でならない。
そのような思い込みをする人に
「ひどいのはあなたじゃなくって、他の誰かかもしれないよ」
といった助言をしてみたところで、当の本人が聞く耳を持たないのだからね。どうすることもできないよ。


とはいえ、そのような人々だって、本来の自分らしさが徐々によみがえり、狂気の渦と距離を置くことができるようになれば、自虐的・自罰的な性格傾向にもやがては歯止めがかかってくるんじゃないかな。
狭くなっていた視野もより広く、そしてよりクリアーになっていくのが少しずつ実感できるようになるだろう。


ここまで来れば、
「私はOK、あなたもOK (I'm okay, you're okay)」【訳注①】

の境地へと到達したも同然、と言っていい。


一方、あいつと付き合っていた頃のあなたはそれとは程遠いところにいたはずだ。
ごくわずかな期間を除いて、


「私はOKじゃない、あなたはOK
(I'm not okay, you're okay)」【訳注②】

との思い込みにガッチガチに囚われていたあの時の自分。
忘れようにも忘れられないよね。



思えばよくぞここまで回復したものだ。
よく頑張ったね、と、自分を大いにほめてあげようではないか。

****************************************************


※レファレンス協同データベース「『I'm OK. You're OK.』は誰の言葉か。http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000029241」へリンクします。

【訳注①・②】1950年代のアメリカで「交流分析 Transactional Analysis」という精神療法を創始したカナダ人精神科医のエリック・バーン Eric Berneが最初に使用したフレーズだと一般には言われています。

【参考画像:4つのライフ・ポジション https://www.pinterest.com/pin/496381190164112329/ 】


※「東洋医学の穴 http://o-medicine.net/」へリンクします。
なお、バーンと長年にわたり公私ともに親しい関係にあった精神科医・トーマス・A・ハリスによるこちらの一般向け解説書も、英語圏では未だに版を重ねて売れ続けています。(かつては部分訳の日本語版も出ていたのですが、絶版となってしまいました。)

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最近の日本語による交流分析(TA)解説書では、こちらがお手頃価格と読みやすさで好評のようです。人と人との間で知らず知らずのうちに作用する力学(ダイナミクス)に興味があるならば、交流分析、きっと気に入っていただけるのではないかな、と思います。面白いですよ!

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「良く言えば柔軟性に富む、悪く言えば流されやすい」。

そうした傾向が自分の中にある、という事実は覚えておこう。


実は、あなたのような人達は、他の性格タイプと比べても催眠による暗示や、他者からの意見といったものからの影響を相当受けやすいんだ。
一つ間違えば命取りとなるからね。気を付けて欲しい。


面白いのは、そうした性格も長所としてとらえることができれば、あなたならではの持ち味として活用できる、ということ。
そう。要は使い方次第さ。
だったらなおさら、上手な使い方をマスターしたいものだ。


性格の話が出たついでに触れておこう。


抑うつ状態(depression)が物の見方や考え方に暗い影を落とす、というのは珍しくない話だ。
一旦うつに陥ってしまうと、肯定的なことを考えるのは難しくなる。
頭の中には否定的な考えの方がより蔓延しやすいし、また、存在感も肥大化しがちだ。
「こっちの方が重要度高いぜ!」とばかりに自己主張して、肯定的な内容を押しのけるものだから、さすがの脳味噌だって否定的思考の厚かましさにころりと騙され、場所を空けてやらざるを得なくなる。


これはウィルス感染時に体内で起こることとよく似ている。
うつ病患者の体内では、できるだけ病状を長引かせようとする「うつ病独特の生き残りメカニズム」といったものが自然と出来上がるのだそうだ。【訳注③】

訳注③: 訳者は門外漢なので詳しいことはわからないのですが、ジャクソンさんの言う「うつ病独特の生き残りメカニズム」については、こちらのNIKKEI STYLE(2016年2月28日付)の記事内容が参考になるかもしれません。 
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO96149410V10C16A1000000?channel=DF130120166091 



 (以下、上のリンク先記事の引用です) 
【うつ病になると、脳内の特定の部位にも変化が生じるという。「MRI(磁気共鳴画像法)で脳を調べると、情動を抑える帯状回(たいじょうかい)や記憶などに関わる海馬が、健康な人に比べて小さくなっている」と功刀部長は話す。 
 なぜこんなことが起こるのか。功刀部長は「じわじわ続く慢性的なストレスがよくない」という。ストレスにさらされると、体内ではそれに対抗しようとコルチゾールというホルモンが増える。「この状態が長期間続くと、過剰なコルチゾールが脳を傷害し、海馬などの萎縮を招く」(功刀部長)。】


「ポジティブ思考なんて、ただの妄想。まともに取り合うなんて、頭悪過ぎじゃないの?」
すっかり否定的思考に毒されてしまったあなたは、その否定的な囁きの中身が正しいのか、正しくないのか、などともはや深くは考えない。
頭に浮かんできたことは全て鵜呑みにし、それを自分の奥深くにどんどん溜め込んでいってしまう。


否定的思考の言う内容、丸ごと信じ込んではだめだよ。
頭の中では派手に暴れ回るだろうし、ぎゃんぎゃん大声でわめき立てもするだろうが、言い分が真実かどうかはきわめて疑わしいのだから。
結局、今となっては全てが自分の脳が仕掛けた罠だったとわかった。
あなたはその罠にまんまとはまり、脱け出せなくなってしまったんだね。



もうわかるだろう。
あなたは、サイコパスじゃない。


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