ラベル 加虐者 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 加虐者 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年5月18日土曜日

トラウマ体験と二つの世界【後編】

【※前編はこちらです。
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2019/05/1.html 】

それから、しがらみや惰性だけで続いているような人間関係だけど、この際思い切って整理してみてはどうかな。
無理に長引かせたところで、今のあなたには何のプラスにもならないよ。
薄っぺらい世間話ではなく、価値観の近い人達と一緒にディープな人生談義を楽しみたい。
それがあなたの本音なんだろう?


以前は楽しかったはずの集まりなのに、最近は物足りなさを覚えることが増えた。
居心地もあまり良くないことだし、いっそ早めに引き上げるとするか...。
これもまた、この時期にはありがちなことだ。


というのも、あなたにとっての

「サイコパシー」
「共感能力」

はいくらでも話し続けられる、非常に興味深いトピックだよね?
いつでも誰とでも、きっかけさえあれば語り合うだけの準備はできている。
だけど、そうした話に乗ってくれるような人って案外少ないものだ。
できることならば怪しげな話題は極力スルーで行きたい。
そう考える人の方が世間では「普通」とされているんだよ。


【なぜあそこまで無関心でいられるんだろう、あの人たち。全くもって信じられない...。】
あまりにもそっけない彼らのリアクションを前に、とにかく腹が立って立って仕方がなかった。
読者の中にも、そのような経験をした人が多分いるんじゃないかな。


ほらほら、またもやあなたのど忘れ癖が出てしまったようだね。
世の大部分の人々は、外の世界と自分とを隔てる【バリケード】に守ってもらって心穏やかに暮らせればそれでいい、余計なことはしなくていい、と思っているものだ。
キナ臭い話なんてごめんだ、勘弁してくれよ...。
口に出さなくても、内心そう感じている人の方が圧倒的に多いだろうね。


サイコパス?
共感能力?
あ~、またその手の話か。めんどくさそうなことにはあまり首つっこみたくないんだけどな~...。
返ってくるのは、このような反応がほとんどだ。


だからと言って、彼らを「冷たい」と非難するわけにもいかないだろう。
あなた自身も、かつては彼ら同様【バリケード】内側の住人だったのだから。


【現実/外】の世界と、【魂/内】の世界。
二つの対照的な世界の間を振り子のように揺れ動きつつ、あなたはしばし考える。
いつになったら楽になれるのか。出口らしきものはまだ一向に見えてこない。
そもそも自分の中に二つの人格が同時に居座る、なんて奇妙な現象さえ起こらなければ、ここまでややこしいことにはならなかっただろうに...。


いいかい。
どれほど頑張ってみたところで、サイコパス体験以前のあなたを取り戻すなんてもう不可能なんだよ。
明るく前向きで純真無垢だった、あの頃。
今の様子からは想像もできないけれど、かつてのあなたは無邪気そのものといった感じの人だった。
その人はもう二度と戻らない。永遠に失われてしまったも同然なのだから。


だが、もがきや苦しみの背後で、とある大きな変化が起こりつつあることにあなたは気付いているだろうか。
以前と比べてみて、他人との間により風通しの良い、健全な関係が築けてはいないだろうか。
そればかりではない。
他人との間にバウンダリー(境界線)を引くことも、最近ではそれほど難しいとは思わなくなった。
自分を粗末にしてはいけない、ということだってしっかり学んだ。
「欠点だっていっぱいあるよ。でも、良いところだってたくさんあるし!」と、自分自身に正当な評価を与えられるようにもなった。


で、ある時あなたは突然悟る。
「なんだ、自分を防御するための【バリケード】なんて結局は必要なかったじゃないか」と。
まさにこれこそが「目からウロコが落ちた」瞬間だ。


この先も引き続き観察を続けていけば、その気付きが確信へと変わるのもそう遠くはないだろう。
あなたの言う通りさ。
世界と僕らとを隔てる【バリケード】なんて要らなかったんだ。
そんなものの助けを借りなくったって、僕らは充分自力でもって幸せになれるのだから。


そもそも【自尊心(self-respect)】って何だろう。
自分(self)のことを尊重しよう(respect)、という気持ちのことだよ。読んで字のごとし、だけど。
一体どこから来るかって?
もちろん、僕らの内側に広がっている世界からやって来るに決まっている。
宇宙は実によくできているものだ。そう感心せずにはいられない。
だって、聞こうとする耳を持つ者にはちゃんと答を差し出してくれるんだよ。最高に粋なはからいだと思わないかい?
(それって、裏返せば
「どれほど待ったところで、聞く耳を持たぬ奴のところには答なんてやって来ないよ」という意味にもなるよね。)


これからのあなたは、今まで以上に素のままの自分を受け入れられるようになっていく。
自分がもっと好きになる。
そういう流れにうまく乗れれば、もうこっちのもんだ。

【確かにあのトラウマ体験から受けた被害は甚大だった。
でも、全壊という最悪のシナリオからはどうにか逃れられたじゃないか。
だからこうやって今、再び立ち上がって歩き出せるんだ。】

との結論へとそのうちたどり着けるんじゃないかな。


あなたの【バリケード】は跡形もなく崩れ落ちてしまった。
でも、そこで思いがけず視界が開けたことで流れは変わった。
もしバリケードが崩れ落ちていなければ、忘れてかけていたもう一つの世界...つまり、人類全体を内包する大きな世界...へと続く連絡通路を再び見出すことなどできなかっただろう。


驚きいっぱい、元気いっぱいの瑞々しい子ども心についても、ここでようやく生存確認をすることができた。
どうやら心の奥深くにある目立たぬ場所で長いことひっそりと身を隠していたらしい。
行方知らずで一時は心配したけれど、結局は一歩も外へ出ることなく、あなたの中に留まっていたんだね。
よかった、よかった。


Image by pixel2013 from Pixabay

もうここまで来れば大丈夫だろう。
あなたはこの二つの世界...【現実/外の世界】と【魂/内の世界】...を自由自在に行き来できるようになったんだよ。
一回り大きく、そして賢く成長できた今、あなたは二つの世界を代わる代わるに訪問できるようになった。
これからは、普段の何気ない暮らしの中にもいろいろな楽しみを見出していくことだろう。


他人の心の痛みがまるで自分の痛みであるかのように感じられる。
そうしたあなたの特殊な感受性は、使い方を誤りさえしなければ今後の人間関係作りに大いに役立てられるはずなんだ。
一つ一つが味わい深く、非常に意義深い。これからはそういった縁を結んでいければいいよね。


あなたの才能は唯一無二のオリジナル。だからもっと自信を持って欲しいんだ。
たとえ他人が真似しようと試みたところで、そう簡単に真似できるものではない。


もちろん、僕もあなたも生身の人間だ。
時には心がざわついたり、荒れ模様になったりする日だって巡ってくるだろう。
そういう時は世界の片隅へと避難して、落ち着きを取り戻すようにしよう。静寂を友として、静寂の声に耳を傾けるんだ。
一人の時間が増えても、もう怖がる必要などないよ。
だって【一人の時間】イコール【もう一つの世界】で過ごす素敵なひととき、となるのだから。
楽しくならないわけがない。


あと、僕としては、トラウマ体験を乗り越えてきた全てのサバイバーたちにどうしてもこれだけは聞いてもらいたいんだ。

【あなたはダメ人間なんかじゃないよ!】

ダメ人間だなんてとんでもない。
素晴らしい人だよ、あなたは。
何が何だか訳がわからないまま、理不尽そのものといった状況へとただ引きずり込まれただけさ。
それでも必死に歯を食いしばり、諦めることなく最後まで頑張ったよね。
純真無垢さを強引に剥ぎ取られ、貶められ、そして遂には汚されて...という体験は想像を絶するような凄まじいものだったけど、でもどうにかここまで立ち直って来れたじゃないか。


耐え難い屈辱を受けた。これは間違いない。
でも、本来しっかり者のあなたのことだ。転ばされたってただでは起きないと思うよ。


辛い体験と引き換えに、あなたは【知恵 wisdom】というかけがえのない宝物を授かることができた。
数年、数十年、一生涯という時間をかけたというのに【知恵】に触れもかすりもせずに人生のゲームオーバーを迎えてしまった、という人々だって世の中にはごまんといるのにね。


当時を振り返ってみると、よみがえるのは辛い思い出ばかり。
でも、あれが「人並み外れた」特殊な経験だったことだけは間違いない。
宇宙というレストランがあなたのために用意してくれていたのは、どこにでもあるような無難な定食メニューではない、いささかスパイスが効き過ぎた、相当クセの強い味付けが施された特別仕様の一皿だったのかもしれないね。


これだけは覚えておこう。
僕らの住むこの世界には【魂/内の世界】と全く接触を持つことなしに一生を終える、といった類の人々も掃いて捨てるほど存在している。
もちろん例のサイコパスもその一人に含めていい。
まぁ、奴らの場合、【魂/内の世界】から出入り禁止と言われたも同然だしね。無理に押し入ろうとしたって、勢いよく弾き出されるのはまず間違いないよ。


だからこそ、奴らは共感力に富むあなたのような人間を忌み嫌うのさ。


自分にはどうしても手が届かないものがある。
なのに、あなたはそれを既にたくさん所有している。
この不愉快極まりない事実にぶち当たるたびに、サイコパスは地団太踏んで悔しがり、癇癪玉を爆発させずにはいられない。
奴らにはこの現実世界という修羅場でせいぜいもがき苦しんでもらおうじゃないか。
人生最期のお迎えがやって来るその日まで、俗世間の垢にまみれ、汚れ、七転八倒し続けてもらう。それがベストだろうね。


あの手の連中は、「魂の奥深いところで壮大な宇宙とのつながりを持つのが大切...」なんて話を聞いても鼻先でせせら笑うことしかできないだろう。
薄っぺらく生きて、薄っぺらいままで死ぬ。
所詮その程度の奴でしかないんだよ。


【現実世界】の中にいきなり【魂の世界】の一部がすぅっと入り込む。
読者の中に、そのような不思議体験をした人はいないだろうか。
僕自身、実際にこうした感覚は何度も味わったことがある。
だから「そういう世界は確かにあるよ。」ってきっぱりと言い切れるんだけどね。
似たような体験をしたのは決して僕一人だけではないと思うよ。


特にこれといった理由も無いのに、心が悲しみで圧倒される、ということがある。
でも、これ、他の誰かの悲しみが僕らの心の中に入り込んだだけなのに「あ、自分は今悲しいんだな」と僕らの方で勝手に勘違いしているだけなのかもしれない。
友人が大喜びしている時なども同様だ。
別に自分に良いことが起こったわけでもないのに、なぜか友人につられて自分まで気分が高揚してくる。で、いつしか心がすっかり幸せで満たされている。
考えてみればこれも不思議なことだね。


それから、「奇妙な偶然の一致」という言葉でひとくくりにされる諸現象がある。自分と同じ瞬間に、別の誰かも全く同じことについて考えを巡らせていた、という、これまた奇々怪々な現象だ。
でもこういう話は誰でも一度や二度耳にしているのではないだろうか。


そのような不思議な出来事を何度も体験してしまうと、僕らの目に見えようが見えまいが、【魂の世界】はこの世のどこかに確実に存在しているのかもしれないな、との結論にどうしても行き着かざるを得ない。


巨大な【魂の世界】側の視点から物事を見るならば、みんなを一つの大きな【つながり】でもって結びつけることだってできるよね。
そう、実はみんながつながっているんだよ。
今僕の本を手にしてくれているあなたも、そして著者である僕も、誰もがつながっているんだ。


【二つの世界】...つまり、【現実/外の世界】と、【魂/内の世界】が混ざり合って一つになったとしたら、果たしてどんなことになるだろう。
少しだけ想像してみようか。


融合後の新世界では、感情も、思いやりの心も、何一つとして修正を加える必要が無いから、ごく自然な、素のままの姿で存在することができる。
そこでは僕らの魂もまた、さながら鳥のように翼を広げ、大空高く舞い上がり、喜びの歌を高らかに歌うことができる。
とはいえ、悩みや苦しみといった茨の蔓(つる)でがんじがらめにされ、動けなくなった人も所々では見かけるかもしれない。
そんな時は、彼らの痛みにそっと寄り添ってあげよう。
虐待から回復しつつある人の歩みはまだまだぎこちない。
完全回復に至るまでには時間、そして周囲の人々からの応援がどうしても必要となるからね。力になってあげようよ。


もちろん、新世界にあるのは苦しみや痛みばかりとは限らない。
誰かの心に喜びの感情が芽生える。
すると周囲がそれをいち早くキャッチして、より多くの人々と一緒に分かち合う...。
そんな場面もここでは日常のごくありふれた一コマだ。これといった気負いもなく、自然にそのような流れとなるのも、新世界ではごく普通のことだ。
一人一人のハートからは、明るく、色とりどりの光がさんさんと外に向かって放たれている。
光輝くハートを持つ人の数が増えれば増えるほど、世界はますます美しい場所へと変化していく...。


どう?
「うん、素敵。本当にこんな世界があったらいいな。」
あなたもそう思ってくれるだろう?


もっとも、サイコパスの立場からすると、これほど魅力を欠いた世界も珍しいらしい。
共感能力など少しも持たぬ奴らにとって、共感能力が重んじられる新世界はそれこそ【生き地獄】でしかない。住み心地は最悪だろう。


だからこそ、僕らは手に手を携え、互いの力を合わせて、二つの世界を融合させていかなければいけない。
【現実/外の世界】と【魂/内の世界】。
対照的な二つの世界を融合させて一つの大きな世界を作るんだ。
そうすれば、暗黒人間の活動区域をじわじわと狭めていくことができる。
また、共感力に富む全ての人々に対しては「あなたは素晴らしい人だ、ダメ人間なんかじゃない!」とのメッセージを今後もずっと発信し続けていく必要があるだろう。



とにかく、虐待された事実も、過去の出来事も、あなたが恥じる必要なんて少しもないよ。
悪いのは虐待者。
責めを負うべきはあいつただ一人だけだ。


僕もあなたも、無事に修羅場から離れることができた。
「助かった」というこの事実にも、何かしらの意味があるのではないだろうか。
どうもそんな気がしてならない。


そう、全てはまだ始まったばかり。
本当のお楽しみはこれからだ。








2019年4月19日金曜日

認知的不協和リターンズ

「時が経てば傷も癒えるさ」
「日にち薬は効き目一番」(※注)


(※注)「日日薬(ひにちぐすり)」の意味 https://dictionary.goo.ne.jp/jn/264268/meaning/m0u/ 
Image by Angelo Rosa from Pixabay


これ、おおむね正しい、と思う。
さすがは昔から使われてきた言い回しだけのことはあるよね。


だが、壊れた心が回復するまでの道のりが平たんで、見通しの良い一本道となることなどめったにないものだ。
このまま何事も無くゴールまでうまく逃げ切れるだろう、なんて甘い読みをしていると、こっぴどく裏切られることもあるだろう。


中でもよく見られるのは「度忘れ」という現象だ。
例の相手と付き合っていた頃どれほどひどい思いをしたか。
どんなに辛かったか。
そうした記憶だけが不思議にポッコリ抜け落ち、また、思い出そうとしてもなかなか思い出せない...。
実際、そうした経験をする人は少なくないのだ。


これは「選択的記憶喪失症」(selective amnesia)と呼ばれ、人間に生まれながらにして備わっている心のメカニズムのひとつとされている。
辛い記憶を「選択的に度忘れ」させることによってその人を守り、治癒・回復させる方向へと誘導していく。
人間の心には、こうした大切なタスクを同時に処理できるだけの優れた機能がはじめからインストールされているのだ。


 


そのような時、あなたは特に気を引き締めていかなければならない。
でないと、「許し」についていろいろと思いを巡らせた挙句、別れたあいつに自分から連絡を取って「ランチでもどう?」なんてわざわざ誘う、なんて暴挙に出かねないからね。


...もう一度直接会って話せば、自分の中のモヤモヤもきれいさっぱりと解消できるんじゃないか。きちんとケジメを付けられるんじゃないか。
そんな間違った期待を抱き始めるようになったら、危ない、危ない。


頼むよ。
それだけはやらないで欲しいんだ。
一度相手にこちらからすり寄って行くような真似でもしようものなら最後、またもや悪夢の無限ループ、となるのがオチだから。
相手の術策にまんまとはまり、ズタボロに虐げられ、さらなる深手を負うことだけは間違いない。


ようやく心の安定を取り戻した今のあなた。
人はえてしてこんな時、心の安らぎと楽観主義という色付きフィルターをかぶせたレンズでもって、過去の人間関係を見てしまいがちだ。
映ったイメージがどれほど良く見えようと、所詮それはあなたの内面の状態を【投影】したもの(projection)に過ぎない。


今の自分の状態が良好だからといって、過去の人間関係もつられて状態が良くなる、なんてことは残念ながらあり得ない。
だから自分の記憶をごまかしちゃだめだ。
真実を見失ってはいけない。


誤解なきように言っておくけど、僕にはそうした心の色付きフィルターが100%悪だ、と決めつけるつもりなど毛頭無いからね。
これはこれで大切な役割を果たしているんだ。
平和、安らぎ、楽観主義...といった色の付いたフィルターが僕らの心に備わっていたおかげで、頭の中をひっきりなしにピュンピュン飛び交う矢のような激しい思考活動にも圧倒されることなく、しんどい時期を乗り越えてここまでどうにか生き延びて来れたのだから。


暗かった気分が次第に晴れやかになっていく。
もちろん、これは喜ばしいことではあるけれど、その良い気分を【即、行動に移したくなった】時には、二、三回深呼吸してよくよく考えた方がいい。
自ら地獄へと再び舞い戻るような無謀な真似だけは絶対に避けなくっちゃならない。


ここまでの回復のプロセスを振り返ってみてごらん。
全てはあなた一人が自身の努力でもって成し遂げてきた偉業だ、誰の力も借りずに自分だけでやってきた、ってことがよくわかると思うよ。
あなたの気分が良くなりつつある理由、それはあなたがサイコパスときっぱりと絶縁し、以来、あいつとの接触を徹底的に避けているから、だろう?



そこを勘違いして、
「そろそろきちんと二人の関係にきっちりとケジメを付けよう、大丈夫、今ならうまくやれるはず。」なんて早まった行動に出てはいけない。
取返しの付かないことになるよ。



またあいつと関わり合いになるっていうのかい?
悪いことは言わない。やめときなよ。
あの不毛な、苦しみばかりの日々が再度繰り返されるだけだから。
この本の前半で長々と書いたような嫌な出来事ばかりの毎日がリピート再生されるのなんて、もううんざり、だろう?



「加虐者(abuser)を許すべきか、許さざるべきか」。
この問題については、本書の最終章でより詳しく僕なりの見解を述べるつもりでいる。


あなたには引き続き


ノーコンタクト/絶縁


を徹底的に貫き通してもらいたい。
自分のことを優しく扱ってあげようよ。
これ以上辛い目に遭う必要なんてないじゃないか。


ノーコンタクト。
今はそれさえ守れればいいんだ。
後のことは後で考えるとしよう。

2019年3月20日水曜日

恥 ~穴があったら入りたい~

喪失の悲しみを乗り越えていけ、と口で言うのはたやすい。
だが、実際はきれいごとではとても済まされぬ、しんどい作業の連続だということが、体験した人ならばすぐにわかる。
それでもようやく行く手に一筋の光が見えてきた。
まだまだ気を抜くわけにはいかないが。


この段階では、被害者が【恥の感覚】に責め苛まれることが多くなる。
かつての自分自身、そして粉々に砕け散った関係を振り返るたびに、恥ずかしさで胸がつぶれそうになるのを感じる。


なぜ自分はあいつの前であそこまで卑屈になれたんだろう。

「許して、お願い」
「私の言い分も聞いて」

あの情けない自分の姿を思い返すたび、顔から火が出るような恥ずかしさを覚える。
あれほどにまで自分で自分の魂を踏みにじり、ズタズタに傷めつけるような行為ができたなんて、とても信じられない。


しかもあなたは、耳を傾けてくれそうな人がいれば誰彼構わず捕まえて、切々と身の潔白を訴え続けたのだった。
「ねぇ聞いて聞いて、私は悪くないんだってば!」...と。


幾度も頭の中でリハーサルしておいた「解説」、つまり「状況が変わった、もう自分とあの人とは関係無い」というあなたの側からの公式見解だけは、何としてでもみんなに伝えておきたかった。
だから、会う人会う人に破局へと至った経緯をしゃべらずにはいられなかったのだ。


当然、締めの言葉は決まってこうなる。
「最初は『完璧なパートナー』って思えたんだけどね。でも、そうじゃなかった。あの人サイコパスなんだよ。私、虐待されたの。」


これ、大勢の人がついはまりがちな落とし穴なんだよね。
サバイバーの話を聞いても、同じように引っ掛かった人が少なくなかったよ。
どこがまずいかわかるかい?


あなたはいまだに

「なんとしてでも他の人からの承認を得なければ!」

という強迫観念に囚われているんだよ。
あいつから離れてもうかなりの月日が経っているにも関わらず、だ。


右と言ったかと思えば左。白と言ったかと思えば今度は黒。
常にフラフラと揺れ動き、一箇所に留まることなど決してあり得ない。
サイコパスとはそういう人種だ。
かつてのあなたにもあったよね。
奴の顔色を絶えずうかがい、やることなすことにいちいち振り回されていた時期が。


ならばある程度は仕方ないのかもしれない。
当時はあいつが何か言うたびに、あなた自身の自尊感情も上へ下へと激しく揺れ動いていたんだろう?
人の顔色をうかがい、他の誰かに同意してもらうまで落ち着かない、といった悪い癖がいまだに抜けきれないのは、その影響かもしれないね。


承認欲求というのはなかなか厄介な代物(しろもの)だ。
へたに放置して肥大化するに任せてしまうと、後々「穴があったら入りた」くなるような大恥をかくことになるかもしれない。


特に、普段から人とあまりつるむことが無く、前向きに生きている自分のことが好き、といったタイプの人達は注意が必要だ。
後になって恥ずかしい思いをするのが嫌ならば、口は災いの元、しゃべり過ぎは厳禁、と肝に銘じておこう。


他の誰かに同意してもらわないと落ち着かない。
思い切って次の一歩を踏み出すことができない...。
もし、あなたがなかなか前に進めないでいるのがネガティブな思い癖のせいだとしたら、これは問題だよね。
できるだけ早くに捨て去るのが賢明じゃないかな。


サイコパスとの遭遇は、あなたの人生最大の汚点となってしまった。
あいつと出会うまでは人生もそこそこ順調だったのに、突然巨大な黒雲に覆われたかのように全てが暗転。あれから何もかもが変わったよね。


もし、あなたの人生を袋いっぱいのビー玉にたとえるとしたら、今はビー玉が袋からこぼれ出て床一面に散らばってしまった状態、と言えるだろう。
思考も感情もあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
まるで収拾がつかない。
一体いつになったら先の見通しが立つようになるのだろうか。


だけど、そんな状況も永遠には続かない。
いつかは必ず終わりがやって来る。


これからのあなたは、こぼれ落ちたビー玉を一つ一つ、元の袋に収めていくという作業に専念することとなる。
四方八方へと散らばった人生だけれど、ゆっくりと、何ヶ月という長い時間をかけながら、一つにまとめていけばいいんだ。
自分の身に起こった一連の出来事についても、当時のあなたが周囲の目にどう映っていたかも、少しずつクリアーに見えるようになっていくはずだ。

Image by Pexels

済んだことは済んだこと。
くよくよ悩んでみたって、今さらどうにもならないよ。
「もういいんだよ」と自分を許し、前へと進もう。
サバイバーの誰もがそうやってこの苦境を乗り越えてきたんだ。


そもそも、あなたに関する事柄にしつこくこだわり続けている人なんて、あなた以外に誰一人としていないんじゃないかな。
いきなり何を乱暴な、と言われそうだけど、ちょっと考えてみて欲しい。
【他の人は大して私のことなんて気にしちゃいない】
おごり高ぶり、いささか自意識過剰気味となった心にとって、これほどよく効く鎮静剤が他にあるだろうか。
そう。世間の人々は、あなたの身の上話などこれっぽっちも気にかけてはいないよ。


人は誰でも心の内側に自分だけの戦場を隠し持っている。
そこで繰り広げられているバトル(闘争)の種類や性質は人によって多少は異なるかもしれない。
でも、一度始めたバトルは最後の最後まで各自が責任持って闘い抜かなきゃいけない。
みんな自分のことだけで手一杯、となるのも当然さ。
好き好んで他人の人生に首突っ込む暇人なんて、そうそういやしないよ。



嘘だと思ったら確かめてごらん。
あなたがうっかり口を滑らした過去の恥ずかしい話、一体どれだけの人が一週間経っても覚えているだろうか?
ほとんどの人はきれいさっぱりと忘れているんじゃないかな。
...あなた自身がわざわざ話を蒸し返す、といった野暮なことをしない限りは。



目指すべきは「今、目の前にあるこの現在」に全力でもって向き合うこと、だ。


これから先、うれしいこと、素敵なことが次々とあなたのところへやって来る。
自分自身についても、そしてこの世界についても、新しい発見が次から次へと現れる。
今はまだ想像することすら難しいかもしれないけどね。



最後になるが、僕がビー玉探しのコツを伝授しよう。


それは、「思いも寄らぬところを探ってみること」。
「えっ、まさか!」と言いたくなるような場所をあえて見てみるんだ。


案外そういうところでひょっこりと見つかるものだよ、人生のビー玉って。


2018年12月14日金曜日

感情は後から遅れてやって来る~猛烈な怒り・抑うつ状態~

感情は後から遅れてやって来る

症状:猛烈な怒り。抑うつ状態。極度の嫉妬心。考えが次から次へと湧き起こる。憎悪。加虐者に接触したいとの気持ちが抑えられない。


さて、 サイコパスの化けの皮は剥がれた。
覚悟はいいかな。
これから先、不愉快な感情が次々と波のように押し寄せてくるはずだ。
余計な力を抜いて、気楽に構えればいいよ。
どうせすぐには終わらないから。


この段階では、あいつと付き合っていた間に抑圧されていたいろいろな感情がどっと噴き出してくる。
覚えているだろうか。
当時だって、本当は心の奥でさまざまな感情がうごめいていたんだ。
にも関わらず、それら全てが脇へと押しやられてしまった。
二人の間に波風を立てたくないから、というだけの理由で。


だが、そうした負の感情全てが消え失せたわけじゃない。
自分自身への疑い、不安感といった別の姿をとってあなたの中にしつこく居座り、事あるごとにあなたの心をかき乱していたんだよ。



サイコパス・ゲームの種明かしをされてからのあなたは、それこそはらわたが煮えくり返るような気持ちでいるんじゃないだろうか。
だって騙されたのだから。
操られたのだから。
貶められたのだから。


猛烈な怒り  


自分へと向けていた疑いの念は、今や怒りへと置き換えられた。
とうとう真実が白日の下にさらされたからだ。


要するに、あなたはあいつに利用され、手懐けられ、洗脳されたわけだ。 
腹立たしい、などといった生ぬるい言葉ではとてもこの怒りを言い表すことはできない。
できるものなら息の根を止めてやりたいとさえ思う。 
奴の知り合いを片っ端からつかまえて「あの人、こんなひどいことしたんですよ!」と直接ぶちまけたくてたまらない。 
 「地獄へ落ちて黒焦げになれ!」
そんな手紙の一つや二つも書いて、送り付けたくなる。  



友人・家族に会えば、どうしてもあいつとの一件について話をせずにはいられない。
封印しろと言われたって、もう無理というものだ。
もはや心はバースト寸前なのだから。


わかるよ。 
あれほど長い間しゃべるのを禁じられ、ぞんざいに扱われ、踏んだり蹴ったりの毎日を強いられたんだ。
今ようやく自由に声を上げられるようになったというのに、ただ黙っていろだなんて。
あまりにも悔しいよね。 


ただね、不貞行為や嘘といった事実を並べてあいつの非を暴こうとしたところで、その話、間違いなくひっくり返されるよ。 
涼しい顔で「違う。悪いのはそっちの方だ」とあなたの方へ非難の矛先を向けてくるに決まっている。
そうなると、あなたは怒るのも忘れて「やっぱり私が悪かったのかも」と後ろめたい気持ちにさせられるかもしれない。
これではあちらの思うつぼだよ。



以前のあなただったら、認知的不協和にぶつかるたびに必死に怒りを圧し殺していたんじゃないかな。
そうやって自分自身を無理矢理納得させていたのだろうね。


 

だが、今回だけはそうしなかった。 
怒りは怒りと認めて、きちんと表に出した。
あなたもようやくそこまでできるようになったのだ。 


もう一つの遅れて来た感情・嫉妬心についても同じようなことが言える。 


あいつ、どれだけ長い間二股かけていたんだろうね? 
嫉妬心に駆られ、普段のあなたからは考えられないような醜態をさらしたこともあったよね。
あいつ、それさえも自分の都合のいいように利用しただろう? 
「ご愁傷様だね」「気の毒に」など、いかにもいい人といった感じのセリフを連発しながら、新しい相手にすり寄って行ったんじゃないかな。


だからといって、あちらが仕掛けた中傷合戦という罠にはまっては、今までの努力も水の泡となってしまう。

「私、間違っていません!」と、あなたが大声張り上げて必死の訴えをすればする程、ズルズルと深みへとはまり込んで逃れられなくなるよ。


※参考過去記事:【気が付けば、被告席に】https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/05/blog-post.html


「遅発性」、すなわち後から遅れて生じてきた猛烈な怒り。
サイコパス的な人間関係が終焉を迎えると、必ずと言っていいほど噴き出してくるものだ。 
もっとも、そうした自分の中の怒りに気付き、身体でもって感じられるようになるまでにはある程度の時間が必要だろう。
数か月でその域に達した、という人もいれば、怒りを自覚できるまで数年はかかった、と語る人もいる。人それぞれである、としか言えない。


だけど、その怒りを相手にぶつけるのだけはなんとか思いとどまって欲しい。 
そんなことしたって、何一つ良いことなんて無いのだから。 


とにかく、今は落ち着きを保つこと。 
ちょっとやそっとで動揺しないこと。 
この二つが何よりも大切だ。 


というのも、サイコパス側としては、あなたがカッとなってくれた方がかえって好都合なんだよ。 
「みなさん!この人、頭おかしいですよー!」と大声上げて周囲の人々に拡散する絶好のチャンスだからね。 
...しかも「この人、別れてからもまだ未練たらたらなんですよー!」と、「自分、モテてます」アピールまでできるとあって、まさに一石二鳥。奴にとっては願ったりかなったり、だ。 


あいつはね、あなたとの仲がとっくの昔に終わっているにもかかわらず、再び三角関係に引きずり込んでしまおう、と目論んでいるんだ。 
「ノー・コンタクト(絶縁)」ルールを守るあなたが奴の前から完全に姿を消していようがいまいが、奴にとってはどうでもいいらしい。


まぁ、所詮怒りは怒りでしかないんだよ。やれることには限界がある。


本気で自分を癒したいのなら、怒りという感情は決して切り捨てちゃいけない。回復への重要なカギを握るのが、この怒りの扱い方だと思う。


相手に向かって怒りを爆発させたところで、一体何になるというんだ。
その瞬間だけはスカッとするかもしれないが、長い目で見てそれが永続的な心の平和をもたらしてくれるだろうか。
その可能性はきわめて低そうだ。


だったら、「自分自身を大切にする心/自尊心」をより大きく、より健やかに育て直していくための起爆剤として、怒りという感情を活用すべきじゃないかな。 
怒りのエネルギーを上手く使いこなせるようになってはじめて、僕らは本当の意味で癒されたと言えるのではないだろうか。



そう。 あなたはもっともっと良いもの・良い人間関係に恵まれてしかるべき人なんだ。
ここを理解できたら、あなたの「自尊心」はすくすくと育っていくだろう。 



抑うつ状態 

気持ちが大きく沈み込む。 
かと思えば、今度は腹が立って腹が立って仕方がない。 


二つの状態を振り子のように行ったり来たりする時期はしばらく続くだろう。 
良い日もあるし、悪い日もある。
なんとか気分を安定させようと努めてはみるが、どうもうまくいかない。 


夜、寝る時には「もう大丈夫!次、行くぞ!」と前向きになれたはずなのに、翌朝目を覚ましたら気分は最悪。枕に顔を埋めてわんわんと声を出して大泣きする...。
当分、そのようなパターンが繰り返されるだろう。 


悲しい気分になるのはごめんだ。 
かと言って、怒り狂うというのもどんなものかと思う。 
私、人を好きになったってだけだよね? 
なのに、どうして人を好きになったことでひどい目に遭わなきゃいけないわけ? 


一度こじらせてしまうと、頭の中から加虐者・サイコパスを追い払うのは極めて難しくなる。


街を歩けばカップルの姿が否応なしに目に入る。
あの、失われた恋の日々をどうしても思い出さずにはいられない。 


ラジオのスイッチを入れれば、昔好きだったラブソングばかり流れて来る。それも、次から次へと。


ワイングラスが目の前に来た。どっと涙があふれてしまいそうだ。
泣いたら周りの人からは白い目で見られるだろう。頭ではわかっている。でも...。


やがてあなたは身近な社交の場から身を引き、一人ぼっちになることを覚える。 
唯一の「付き合い」は、ネット掲示板やSNSでのやり取り程度。みんな経験者だけあって、悩みも苦しみも全てわかり合える。その気楽さがうれしい。
一方、現実世界の友人・知人とはますます接点が減っていく。
どうせ彼らに話したところで理解されないに決まっている。話すだけ無駄だ...。


脳内は強迫的な、せわしなく飛び交う思考でもって埋め尽くされる。 
ほんの些細なことにも敏感に反応。
頭の中はカオス状態で、まるで収拾がつかない。 


だが、ここで再び浮上してくるのが「他人との境界線」である。
(もっとも、あなたの場合は「再び」ではなく「生まれて初めて」とするのが正しいのかもしれない。) 



※過去記事:【境界線(バウンダリー)】の発見 https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/11/blog-post.html


あの頃の自分は、なぜあそこまで卑屈になれたのだろう。 
どれだけ多くのものを失ってしまったことだろう。
おぼろげではあるが、その答えが徐々に見えてくる。 
今頃になってようやく、ではあるけれど。 


...あの邪悪な奴をうっかりと人生に招き入れたことで、どれだけ多くの犠牲を払わされたことか。 
失くしたのは友達だけじゃない。
何もかも失ってしまったじゃないか。 
金も、人生経験も、ささやかな幸福感も、全部。 
たった一人のろくでなしと関わってしまったがために。 


かつてのあなたは、いつも愛ある眼差しをあたたかく世界へと向けているような人だった。 
今や、その眼(まなこ)はかたく閉ざされてしまったかのようにすら見える。 


「相手の言動はとりあえず良い方向に解釈してあげるべき」
性善説に基づく人付き合いを心掛けてきたあなただったが、例の悪夢を境に、他人というものを一切信用しなくなってしまった。 


気が付けばいつもびくびくしている。胸のあたりが締め付けらるようだ。
そんな不快感にあなたも毎日悩まされているんじゃないかな。
...悪魔の長く鋭いかぎ爪でもって心臓をわしづかみにされてしまったかのように、胸が苦しい。
僕らがどれだけしんどい思いをしていたか、ここまで書けば少しは伝わるだろうか。 


いっそ、全てを忘れられればどんなに楽なことか。
だけど悪魔はちょっとやそっとじゃ退散しなさそうだ。
あなたの心の至るところに出没しては、わざわざ辛い過去の記憶を引きずり出す。
そんな嫌がらせを、朝から晩までやっている。


「そう易々とお前を逃してたまるか」とでも言わんばかりに。


2018年11月14日水曜日

サイコパス直伝「人間関係ぶち壊しの術」

4.サイコパス直伝「人間関係ぶち壊しの術」


サイコパスな奴らには、他人と親密な関係になった時、必ずある一定のパターン通りに動くという習性がある。

持ち上げる・理想化する(idealize)
価値を切り下げる (devalue)
捨てる (discard)

この3つの動作を繰り返すんだ。
よくもまぁ毎回毎回飽きずに、と呆れてしまう。


残念なことに、そうしたパターン通りに動くのはあいつらに限ったことではないんだ。
あなた自身も、上のような3つのプロセスは一通り潜り抜けてきたはずだよ。
ただし、あなたのような被害者の場合、3番目の「捨てる」が、2番目の「価値を切り下げる」の前に来るけどね。


出会って間もない頃、あなたの方もやはり相手をさかんに「持ち上げ」た。
そして、それまでに出会った誰とも比較にならないほど
熱烈にこの相手を「理想化」した。
なのにあなたは突然「捨て」られた。
一人残されたあなたは、砕け散った自分のかけらを1ピース、1ピースと拾い集めていくしかなかった。


やがてあなたは「サイコパス」という連中の生態について多くのことを知る。
その結果、奴という人間に抱いていた好感情は完全に覆された。
真実が明らかになった今、あなたは一気に奴の「価値を切り下げる」
そこにはもはやいささかのためらいもない。


「仕込み段階」にさんざん見せられたあいつの姿は、全て嘘だった。
ならば、一つ残らずぶっ壊してしまおうじゃないか。
やられたのだからやり返せ、さ。
「自分らしさがじわじわとむしばまれていった」あの時期にどれほどの仕打ちを受けたか、忘れたわけじゃないだろう?

【参考過去記事①:「むしばまれていく、自分らしさ」【1】
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/03/1.html 】

とかく人と人との別れにゴタゴタはつきもの。
とはいえ、ここまで醜悪な結末に行き着く人間関係はやはり尋常じゃない。おかしいよ。


確かに、別れた後も相手のことが大嫌い、憎たらしくってたまらない、としつこく言い続ける人々は大勢いるさ。
でも、それにしたって、ジェットコースターのように激しくアップダウンするようなサイコパスとの関係は決して「ノーマル」じゃないよね。
熱烈に理想化されて、さんざん持ち上げられたと思ったのも束の間、今度は人格否定というメッタ刺しを食らう。
こんなこと、まともな人と付き合っている限りはまずあり得ないことなんだ。


あいつとの毒々しい関係に巻き込まれ、深く傷ついたあなたにとって、回復への道はたった一つしかない。
それは、「全過程を自分で体験すること」だ。毒の部分も含めて、ね。


相手から盛られた毒に激しく当てられると、身悶えするほどの苦しみを味わわなければいけない。
それは確かに気の毒だと思うよ。
でも、そこまでやってみて初めて見えてくるものもある。
「ああ、何もかもが嘘だったのか」とわかるんだ。


そう。幻だった。
あいつは、ひどく歪んだ鏡に映った、幻でしかなかったんだよ。

【参考過去記事②:番外編・本書前半のまとめ。(あるFacebook投稿より)〜前編〜
http://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/06/facebook.html 】

【参考過去記事③:コラム・捨てられて
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/02/blog-post_11.html 】


嘘・偽りを見破れるようになりたいかい?
だったら、やるべきことはただ一つだけ。
かつて愛した「あの人」に関係したことを、片っ端から一つ残らずひっくり返していくんだ。
何もかも。全部だ。
だって、あいつに関しては何一つとして「本当のこと」など無かったのだからね。
この「価値の切り下げ(devalue)」という作業は徹底的にやり抜いて欲しいな。
そうすることで、自分を大切にする気持ちや、忘れかけていた夢や目標があなたの中に戻ってくるだろうから。





「価値の切り下げ」を強いられるような状況は、この先もいろいろな形を取って現れると思う。


サイコパス被害を経験したサバイバーの人達に話を聞くと
「実は、しばらくの間サイバーストーキング(※ネット上でのストーカー行為)を止められなかった...」と打ち明ける人が少なくない。


これには理由がある。
サバイバーは突如として「一体何が起こったのか、まるで理解できない」という状況に放り出されてしまったのだ。
そのような状況で唯一できることと言ったら、ネット上で執拗に相手の動向を探ることぐらいだからね。
サイバーストーキングに走りたくなる気持ちもわかるさ。


確かに、SNSだって使い方さえ間違えなければ真相解明への手掛かりを与えてくれるのだから、一概に悪と決めつけるのはどうかと思う。


だけど、いつまでも別れた相手のSNSを未練がましく覗いてみたところで一体何になるんだい?
もはやどうすることもできやしないんだ。
回復が遅れるだけで、何のプラスにもならないよ。


いいかい。
今からすごく大事なことを言うからね。


サイバーストーキングと呼ぼうが、「SNSのチェック」と呼ぼうが、そんなことはどうでもいい。
【相手と接触する/コンタクトする】という点では同じなのだから。
それだけに、今のあなたにとって相手の動きを探るのは「百害あって一利なし」でしかない。
だから極力避けてもらいたいんだ。


僕が推測するに、あなたのサイバーストーキング癖は、あいつからの「理想化」シャワーを一身に浴びていた時期から続いているんじゃないかな。
ネットさえあれば、いつでもどこでも大好きなあの人の動きを追える。
リアルタイムでつながれる。
あの快感を一度味わってしまうと、急に止めるわけにもいかないんだよね。
もはや中毒の域にまで達してしまったとあっては、なおさら難しい。


人目につかないよう、PC画面に貼りついてはSNSにアクセス。
相手の一挙一動を伝える最新情報が来るのを今か今かと待ち続け、そわそわと落ち着かない...。
サイコパスはそうしたあなたの行動など全てお見通しだったんだよ。
そして、あなたを意のままに振り回す力を手に入れた自分自身にうぬぼれていたはずだ。


だけど、奴があなたに知られたくなかった事も、実はあった。
サイコパスだけあって、隠蔽テクニックに関しては侮れないものがあるよね。悔しいけれど。


奴が秘密にしておきたかったこと、それは

【あなたがサイバーストーカー化し始めたのとちょうど同じ時期、奴の方もあなたのことをしつこくサイバーストーキングしていた。
そして『あいつ、次はどういう動きに出るんだ?』と必死に探っていた】


という事実なんだ。


実例を挙げよう。

「君のFacebook?あー、最近はほとんど見てないんだよなー。」

あいつ、よくこんな調子で話していなかっただろうか。
なのに、ふとした時にこんなセリフが奴の口を突いて出て来るのは一体どういうわけだろう。


「2、3日前に君が投稿してたあの事だけど...」


まだあるよ。

「驚いた。まさか君の方から電話くれるとはね。予想外だよ。」

で、その言葉の裏に隠された真意は、

「何でこんなに長々と待たせやがるんだ。電話かけるなら早くかけろよ、この間抜けが!」


一事が万事、こんな調子さ。何もかもが嘘だった。


あんな奴との不毛な駆け引きに引き込まれた自分をバカだった、見る目が無かった、と責めるのは簡単さ。
でもそれはやらないで欲しい。
今はただ、
「こんな不健康な状態でいても、いいことなんて一つもない。」
ということだけわかってくれればいいんだよ。


とにかく今は自制心をフルに発動させて、奴とのつながりをバッサリと断ち切るんだ。
腐った縁は元から断たなきゃダメだよ。


サイコパスと付き合っていた頃、そして捨てられてからの自分を振り返ると、恥ずかしさで顔から火がでる思いだ。「穴があったら入りたい」気分になる。
...そういう人は、あなたの他にも大勢いるんじゃないかな。


嘘をついた。
相手の気を引こうと必死にアピールした。
怒りに駆られたメールを送り付けた。
...といった具合に。


確かに、そうしたあなたの「黒歴史」は決して褒められたものとは言えない。
だからといって、あなたがその黒歴史ゆえにサイコパス化した、なんてことはまずあり得ない。


いずれはあなたも自分の過去と折り合いを付けられるはずだ。
「いいんだよ、もう。」と自分を許してやれるだろう。
次からはもっと賢明な選択をしたいよね。そのためにも、志を高く持って努力し続けよう。
そう自分に約束しようじゃないか。


粘着ストーカーだって?あなたが?
まさか。そんなことあるもんか。
できる芸といったらオウム返しや猿真似程度が関の山。
いつまでもねちっこく相手への報復を狙っているようなゲスな奴と自分とを同類扱いするのは、もうやめようよ。


今回はサイコパスから直々に「人間関係ぶち壊しの術」を伝授されてしまい、危うく自分自身までぶち壊すところだったね。
あれはまさに毒を盛られたような、強烈な体験だった。
当然、身も心もおかしくなるよ。
100%完全デトックスを達成するには、まだまだ多くの時間を必要とすることだろう。


でも、いつか必ずその日はやって来る。
そうなったら思い切って外に出ていこう。
今度こそごく普通の、愛情あふれた素敵な誰かとの縁が見つけられるといいね。


2018年11月7日水曜日

【境界線(バウンダリー)】の発見

3.【境界線(バウンダリー)】の発見


悪びれもせず、浮気。
嘘を吐いては、罵詈雑言を連発。
人を操り、さんざん混乱させておきながら、後は知らぬ存ぜぬの一点張り。
いずれも「加虐者(abuser)」にはありがちな行動だ。


我慢に我慢を重ねてきた被害者も、これ以上は無理、というところにまでとうとう追い詰められた。
勇気を振り絞り、いざ反撃に出ようと身構えたのも束の間、どういうわけだか妙に後ろめたい気持ちになってしまい、思うように言葉が出て来ない...。
よくある話だ。思い返すと今でも胸の奥がざわざわとかき乱されるよね。
もういい加減に手放そうよ、こんな不愉快なモヤモヤは。
そして少しでも心を軽くしようじゃないか。


【境界線(バウンダリー/boundaries)】。

これは、他人と自分との間に引くべき「ある一線」のことだ。
健やかな毎日を送りたいのであれば、他人と自分との間に「ここから先は一歩も入らせないぞ」という【境界線】を設けることが必要不可欠なのだそうだ。



********************************************************************************************************



※以下太字部分、上のリンク先・特定非営利活動法人アスクhttps://www.ask.or.jp/ のHPより【境界(線)/バウンダリー】についての解説文を一部引用。 
「境界には大きく分けて、体の境界と、心の境界があります。私たちは他人があまりに自分の体に近づくと、不安・不快になります。満員電車でストレスを感じるのは、体の境界を侵されているからです。
境界は、人によって違います。
あなたが『ここまでならOK』と感じるところ、それがあなたの境界です。(…以下略…)」
********************************************************************************************************

たとえば、一人の人物が近寄ってきて、ずかずかと他者の境界線内に足を踏み入れてくる、といった場面を思い描いてみよう。
この人物、わざわざ意図して相手の嫌がることをしているように見える。おまけに、罪の意識などこれっぽっちも無さそうだ。
今度このような人物に出会ったら、「あ、この人は加虐者だな」と判断してもいいだろう。


多分、これまであなたは

【他人と自分との間に境界線を引く】

といったこととはほとんど無縁の人生を送ってきたのだろうね。
実際、サイコパス被害のサバイバーに話を聞くと、
「自他の【境界線】なんて話、初めて聞いた」
「他人と自分との間に【境界線】があるなんて。今まで全然意識したことなかった」
などと語る人が少なくないんだ。


確かに、例のサイコパスと関わったことで、あなたは「大はずれくじ」を引いてしまった。
でも、見方を変えれば、奴との接近遭遇があったからこそ、今、こうして【境界線】の考え方を発見できた、とも言える。
奴とのことがきっかけで新しい学びの機会がもたらされた、と解釈することもできそうだ。
あれはあれで、一種の「当たりくじ」だったのかもしれないね。
まぁ、ここまで有難みの無い「当たりくじ」は相当珍しいけれども。



人によってはこの「境界線を設ける」という作業を「健全な自己愛(ナルシシズム)」という言葉で表現しているようだが、僕としては

【自尊心(self-respect)】

と結びつける方がよりふさわしいのでは、と思う。

********************************************************************************************************



「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。他者の期待など、満たす必要はないのです。」

※以上太字部分は、ダイヤモンドオンライン「嫌われる勇気──自己啓発の源流『アドラー』の教え」より引用。
(アルフレッド・アドラーの心理学を対談形式で解説した大ベストセラー「嫌われる勇気」に登場する「課題の分離」=あなたはあなた、私は私、線引きをきちんとしないといけないよ...という部分。【境界線(バウンダリー)】とほぼ同じことを表現しているように思えませんか?ーーー訳者。)
********************************************************************************************************

ここで僕らはひとつ問題にぶち当たる。


今、【境界線】【自尊心】という単語を聞かされて、あなたはどんな印象を持つだろう。
自分とは全く関係の無い言葉にしか聞こえないんじゃないかな。
まるで遠く離れた異国の言葉のように、よそよそしい感じがするんじゃないかな。


だとすると、こうして学んだ内容をいざ実践に移そうと意気込んでみたところで、
「...うーん。境界線、ねぇ。ピンと来ないな~。大体私、ここまで自己中で無神経なこと言えるような人間じゃないと思うんだけどな~。」
と、かえって途方に暮れてしまうのではなかろうか。


勘違いしないで欲しい。
あなたは嫌な奴になってはいないよ。だから、心配しないで。
今までずっと「ドアマット」(注)の役ばかり演じていた自分に、はた、と気付いてしまったんだよね。
「こんな役、やめたい」とあなたが本気で思うのならば、自主的にアクションを起こす、つまり自分から役を降りる以外に道は無い。
自分らしさを押し殺してつまらない役ばかり演じるのは、もう懲り懲りだろう?
【訳注:ドアマットdoormat=他人からいいようにあしらわれてひどい目に遭わされる人のこと。】

あなたの心がよりたくましく、強くなっていくにつれて、腐れ縁的な友人関係や、マイナス面ばかりの人間関係は次々と行き詰まり、遅かれ早かれ崩壊する。用済みとなった人は去るだろう。
こうなったら、流れは明らかに良い方向へ向かっていると見ていいよね。
ただ、あなたにはそれがまだはっきりとわからない。
だから、時には「回復するのはいいんだけど、何かこう、最近、ついてないんだよなぁ...誰かから罰せられているような気がする。」と愚痴の一つや二つもこぼしたくなるかもしれないね。


違う、違う。
罰なんかじゃないって。


あなたはようやく

健全なものだけを自分の人生に招き入れる

ことを自分自身に許せる段階にまで上がって来れたんだよ。


取り込むのは健全な物や人だけ。それ以外は拒否してOK。
そこまでの自由を、やっと自分に許せるようになったんだ。
あなたの心がそれだけ強く、たくましくなったんだね。


ともかく、自分と他人の間には【境界線】をしっかりと引いておくに越したことはない。
それであなたがサイコパス化したり、自己愛過剰になったりすることはまず無いよ。心配ご無用。


それから、誰かのために何かをしてあげた場合に、与えた分と釣り合うだけのお返しを相手からももらいたい、と要求するのはごく当たり前のことさ。
これは別にサイコパス的でもなければ、自己愛過剰でもない。


だって、あなた自身はごく普通の、生きた感情を持つ一人の人間じゃないか。神様なんかじゃなく、ね。
なのに、これまであなたの周りにいた人達ときたら、あなたに「ごく普通の人間」以上のことをやってみせろよ、と、無茶苦茶な期待ばかり押し付けてきただろう?
...「先回りして気を配り、何から何まで面倒見てくれるような世話係」の役柄を、いつまでもあなたに演じていて欲しかったんだろうね。
その方が彼らにとっては好都合だから。


いつも他人に振りまわされる人のための366個の言葉
メロディ・ビーティ  Melody Beattie 翻訳:川口衆
株)ホールネスプロセス(ワンネス出版)
売り上げランキング: 92,647


(「共依存 co-dependency」を扱った本の著者ではおそらく最も有名なアメリカ人心理療法家、メロディ・ビーティ/Melodie Beattie。
境界線の問題で苦しんだことのある人ならば、共感できるようなメッセージがきっと見つかるはずです。英語も平易なので、こちらもおススメ。)



かつてあなたの周りにいた人々のこと、思い出してみよう。
彼らは、あなたがより健全な、新しいやり方を取り入れようとする度にいちいち邪魔しては来なかっただろうか?
彼らと話した後はいつも、心の重みが増してはいなかっただろうか?
そうした経験が度重なると、
「やっぱり、私もサイコパスなのかな?血も涙も無い、冷血漢なのかな?」
(まさか!)
といった具合に、あなた自身も自分のことを疑うようになっていくんだよね。


全ては「条件付け」の成せる業なんだよ。
あなたは彼らが仕掛けた「条件付け」の罠にはまり、「悪いのは私」と思わされていただけさ。
「私はサイコパスかもしれない、私には思いやりが無い」と、自分を責めるようなな物の見方をするように、彼らによってそれとなく導かれていたに過ぎないんだ。


違うよ。
あなたはサイコパスじゃない。
冷酷非情な奴でもない。


いいかい。
奴らはね、とにかく自分の思い通りに好き放題やりたいだけなんだ。
そんな奴らにとって一番大事なのは「現状を維持すること」。
なぜかって?
既に出来上がっている上下関係を崩さずにそのままキープしておくのが、連中にとっては何よりも都合が良いからだよ。
だからこそ、その現状を揺さぶりかねないあなたを危険だと思い、罪悪感を植え付けたのさ。
現状を脅かす者は、それが誰であろうと容赦はしない。
闘う。倒す。
それがあいつらの流儀なのだ。


もちろん、こんな人間関係はあなたにとっては不快なだけだ。
だからこそ、自分と他人との間に【境界線】をしっかりと設定することがとても重要となってくるんだよ。これ以上カスのような人間関係に引き込まれないためにもね。


他人との間に適切な【境界線】をきちんと引けるようになれば、自分に合う人・合わない人を見極めるのもだんだん上手になっていくはずだよ。


大丈夫、大丈夫。
少々きつめの口調で相手を責め立てたとしても、あるいは「もう少し私のことを大切にして!」と主張したとしても、そんなささいな理由であなたがサイコパス化するなんてこと、まずあり得ないよ。


むしろ、そうした自己主張のスキルをもっと向上させることで、あなたはさらに強くなる。
今以上にたくましい人へと成長できる。


毅然とした態度が板につくまで、何度も何度も繰り返し練習していけばいい。
そうこうしているうちに、あなたの心の奥深くで長い眠りに落ちていた勇気も、いずれは目を覚ますだろう。
そうなったら、本格的な活動再開へと向けてぼちぼち動き出すんじゃないかな。



2018年9月5日水曜日

喪失の段階---Part 2 ②意図と加虐嗜愛(サディズム)

意図と加虐嗜愛(サディズム)

サイコパスにまつわる「神話」のうち、「いくらなんでもそれは…」とつい言いたくなるものの筆頭に挙げられるのは

「サイコパスも、実は誰かの犠牲者となった人々なのだ」

ではなかろうか。
そう、いわゆるハリウッド流の、偽心理学かぶれがいかにも好みそうな、「あの俗説」だ。


虐待を受けた過去。
父親不在の環境。
もしくはそうした断片のつぎはぎから成る話。
原因は何であれ、【サイコパスはどうしても自力ではその行動を抑制できない】との結論に至る諸々の話、ということでとりあえずまとめておこう。


僕は、この説に真っ向から反対だ。


サイコパスは、自分の行動が他人にどんなインパクトを与えるかをはっきりと自覚した上で行動に出ている。
他の精神障害を抱えた人とサイコパスとを分けるのはこの点だ。
他人がもがき苦しむ様子が、楽しみのように感じられる人種。
それがサイコパスである。


サイコパスは、他人の中に自信の無さや弱さがあれば、あっという間に嗅ぎ分け、そこに意識のフォーカスを絞る。そして、自分の都合のいいように利用する。
善と悪との境界線は奴らにも見えていないわけではない。
が、たとえ気付いたとしても、あいつらはそれを平然と踏みにじる。
獲物を決めたら、後はひたすら襲い掛かるのみ。
善悪の区別なんて知るか、そんなものクソ食らえ...とつぶやきながら。


サイコパスの人間関係についても、巷では多くの誤解が見られる。
確かに、無神経さや感情面での「鈍感さ」は奴ら独特のものだ。
だが、それらを単なる偶然からひょっこりと生まれた「副産物」のようなもの...
などと軽く考えていては、後々大変なことになる。
あいつらの場合、何もかもが綿密な計算に基づいているんだよ。
きちんと系統立てられたプロセスを、個々の被害者に合わせて使い分ける。
そうやって被害者をじわりじわりと傷めつけていくのだ。


ちょっと想像してみてごらん。
ある人が語る夢や希望の内容をそっくりそのまま模倣できるようになるのに、一体どれほどの時間と計画が必要だろうか。
一朝一夕にはできないよね。
だから、サイコパスは、何ヶ月も・・・時には何年も・・・の長い時間を費やして、相手に貼り付く。
そして本来の自分とは全く異なる、別の人格へと成り代わるんだ。
目的は何かって?
...あなたをぶっ壊す。
ただそれだけだ。


あなたへの愛なんて、これっぽっちも感じていなかったんだ。
「こんな気持ちにさせてくれたのは、君だけだよ。生まれて初めてさ。」
なんてくさいセリフを吐いた時ですら、ね。


そう。
あいつは、最初から最後まで、あなたを至近距離からじーっと観察していただけに過ぎない。
本当のお楽しみが始まるあの瞬間を、今か今かと待ち続けていたのさ。辛抱強くね。
気付いていただろう?
あなたが奴との恋に落ち、付き合いが密になり、関係が安定期に入ったかな、と思った途端、精神面での虐待行為が始まりはしなかっただろうか?
そこからは地獄のような日々が続いたはず。
あいつが成りすましていた「ソウルメイト」の面影を求め、「もう一度あの頃に戻って!」との虚しい夢を半狂乱になって追い求めていたあなた。
気が付いた時には捨てられていた。
そうだったよね?


ここで問題にしたいのが、サイコパスからの虐待を生き延びたサバイバー達の多くに共通して見られる、考え方の歪みだ。
どういうわけだか、サバイバー達にとってのサイコパスは、「心の奥深いところには子供のような自信の無さが根強くあって」、それゆえに「人からの関心を追い求める方向へとどうしても駆り立てられてしまう」といった人物像に仕立て上げられる傾向にあるようだ。


とはいえ、サイコパスは別に自信欠乏で苦しんでなどいない。
むしろ自分のことが大好きでたまらない程だ。
自分の外見も好きだし、コロリと人を騙す話術だってなかなかなものだ、と自負している。
「お願い、許して」と被害者をひざまずかせる自分って本当にすごいよな、とうぬぼれてさえいる。


あなたは確かにサイコパスと付き合っていた。
だけど、その交際期間中、あなたが奴の「壊れた魂」の内側にある空洞を埋める、なんてことは一度たりとも起こらなかったはずだよ。



だって、サイコパスには魂が無いのだから。


奴の望みはひたすら他人から崇められ、持ち上げられること。
それに尽きる。


だから、間違っても「強面(こわもて)の奥には、所在無さげに震えている小さな男の子/女の子がいる」などといったイメージを、サイコパスに重ね合わせちゃいけない。
「多少の誤作動もやむを得ない。どうしても治せない、性格面での脆さを補うためにこの人が発達させた防衛機制なのだから。」
とのこじつけも、いい加減に止めるんだ。


「でも、あの人にも優しいところはあるのに。」
まだそんな戯言言ってるの?
奴らの心をいくら覗いたところで、見えるのはどこまでも続く暗闇だけだよ。


「ノーコンタクト(絶縁)、やってみようかな。
気にかける人が一人減れば、さすがのあの人も何かが変わったな、と気付くだろうし。」
そうした甘々な考え方も、いずれは全て手放していく必要がある。
今はまだ、時期尚早かもしれないけれども。





かつて、あなたは奴の個人的な欲求を満たせる存在であった 。
(もしくは、今もなお、そうした存在であり続けている)...。


そんな思い込みをいつまでも引きずっているからこそ、上のような甘ったるい発想となかなか縁を切れないんじゃないかな。
捨てちまえよ、そんな思い込み。


はっきり言うよ。
あなたは奴の欲求など何ひとつ満たしては来なかった。
そして今後も絶対にそのようなことは起こり得ない。


奴のようなサイコパスには、外からの注目はもう必要じゃないんだ。
外から注目されようが、されまいが、あいつのエゴは既に充分過ぎるほど、パンパンに膨れ上がっている。
この先も、しぼむことなどまずあり得ない。それは僕が全力で保証するよ。


もし、ああいう連中が他人の関心を求めるとしたら、目的はたった一つだけさ。
相手に食らいつき、骨までしゃぶり尽くし、最後にぶっ壊すこと。
これだけだよ。



そもそも、奴はあなたのことだって、ゴミ同然にしか見ていなかった。使ったらポイ捨てすればいい、と思っていた。
ひょっとしたら再利用される機会が巡って来るかもしれないけどね。
でも、勘違いしてはいけない。
「あなたのことが必要だから」再利用されるのでは、ない。
断じて。


ここ肝心なんだけれども、誰かがあなたに関心を寄せたり、その関心をまた引っ込めたり、といったゴタゴタに巻き込まれる恐れがあるようでは、せっかく治りかけている病も悪い方へと逆戻りしかねない。
ノーコンタクトを貫き通さねばならない理由、それはあくまでもあなた自身が


「私にはもっといい相手がいるはず」


本気でそう信じられるようになったから、でなければならないのだ。


あいつがどんな奴だったか思い出してごらん。
あなたを陰から操り、嘘ばかりつき、虐待を重ね、深い傷跡を残した。
そういう奴だったよね?



自尊心が芽生え、大きく育っていくににつれて、あなたも少しずつ理解できるようになると思うよ。
あれだけのひどい仕打ちをされたという事実だけでも、人ひとりを人生から追い出す理由としては充分過ぎるくらいさ。


...奴には永久追放処分が妥当なところだろうね。



2018年7月21日土曜日

脱洗脳①

脱洗脳

※ 以下は「SEARCHINGFORSUNSHINE」(筆名)からの寄稿文です。

ここでは、絶縁/ノーコンタクトにまで自分を持っていくのが難しい、という人、そしてノーコンタクト状態をキープするのが辛い、という人のために、私からのおすすめを少々書いてみようと思う。


ノーコンタクト開始直後の時期。
その苦しみたるや、地獄の真っ只中にいるような凄まじさと言ってもいいほどだ。
予めお断りしておくが、今から書くことは私には有効だったけれども、必ずしも万人に効くとは限らない。
筆者としては、読んでくださる方にとって、何か一つでもお役に立てることが書けていればいいな、と願うのみである。


~ノーコンタクト初期にありがちなこと~

【サイコパス】という単語。
以前にも何度か耳にしたことはあったかもしれない。
だが、今回生身のサイコパスに遭遇してみて、その言葉の裏に隠された真の意味を身をもって知ることができたのではないだろうか。


どうも自分は毒性の強い相手と付き合っていたらしい。
その可能性に気付いたことで、あなたは激しく動揺する。
モヤモヤする心をどうにかしたくて、向かった先はネットでの検索だった。


それからは、サイコパス、ナルシシスト(自己愛人間)、ソシオパス...といった言葉を入力し、出てきた記事や解説をひたすら読み漁る、という日々が延々と続いた。
もしかしたら、この「Psychoparh Free(https://www.psychopathfree.com/)」のWebページにたどり着いたのも、WEBサーチでたまたま「サイコパス(Psychopath) 自由(Free)」という言葉を入力したからだったのかもしれないね。


検索の向こう側に広がっていたのは、すぐには信じがたいような世界だった。
話の中に登場する「おかしい人々」。
あの、例の相手と妙に似ている...。
そのような人物の特徴を読んでいくと、文章の一字一句があなたの中の奥深くにまでズシン、ズシン、と響いてくる。


聡明なあなたのことだから、何が自分の身に起こったかのか、全体像を把握するまでにはそう多くの時間を必要としなかった。


ようやく胸のつかえが取れた。
いわゆる「アハ!体験」という奴だ。
「ああ、そうだったのか!」という気付きが、次から次へとあなたの元へと押し寄せてきた。




どうやら求めていた正答を出すことができたようだね。
まだ半信半疑だろうけど、とりあえずあいつとの関係は終わりにしよう、との覚悟はできた。そうと決まったら、さっさとけりをつけよう。


だが、せっかく決意が固まったというのに、あなたは急に「もしかして私の方が間違っているかもしれない...。」と、怖気づいてしまう。(これは、実際に別れ話を切り出すことができた場合も、またできなかった場合も、同様に起こり得る。)
本当に自分は正しいんだろうか。
その辺が、よくわからなくなってしまったのだ。


「だって、もし、あの人がサイコパス/自己愛/ソシオパスじゃなかったとしたら???...いや、たぶんサイコパスってことで間違いないとは思うけど...でも、単に私が勘違いしてるだけ、ってこともあり得るし...。

...サイコパスだ、と決めつけるのはさすがにマズいよね。ちょっと妄想が先走り過ぎてるかも。
そう言えば、あの人から前に言われたっけ。『お前って、ホントに重たい奴だな』って...。」


そこであなたはもう一度Google検索で見つけた記事へと戻る。
何度も何度も読み返す。


最初読んだ時には見過ごしていた記述にも、今度はしっかりと気付くことができた。
「アハ!体験」の回数が更に増え、現状をより深く理解できるようになった。
「そういえば、あの時のあれ、もしかして...!? 」といった具合に、思い当たる部分も芋づる式に後からどんどん出てきた。


「間違いない。おかしいのは、あっちだ。私じゃない!」
その通り。
もちろん、奴こそがサイコパス/ソシオパスだった。
ようやくその確信へと到達できたんだね。


そこまで来れば、もうしめたもの。
いろいろな事実が次から次へと面白いように噛み合い、目の前の霧がきれいに晴れていくはずだ。


なぜ、あいつの言うこと全てが矛盾してばかりなのか。
今のあなたなら、もう理解できるよね。
あいつの口から出たセリフは一字一句思い出せるし、二人一緒にいた頃の過去の思い出だって今でも鮮やかに脳裏に焼き付いている。
そうした記憶を一つ一つ手繰り寄せ、二人の間で交わされたやり取りを以前とは全く別の角度から再検証していくうちに、奴の正体が「サイコパス」「ソシオパス」以外の何物でもない、と確信することができたんじゃないかな。


とはいえ、ちょっとした事が引き金となって、あの厄介な「自分に自信が持てない」という自己不信の罠に簡単に足をすくわれてしまうのもこの時期だ。まだまだ油断は禁物だ。


自己不信の罠にはまると、以前のような自問自答があなたの中でまたもや延々と繰り返されることとなる。

「おかしいのは、もしかして、私の方?
私は間違っていない...って、本当にそう?そこまで言い切れる?」



2018年7月8日日曜日

サイコパス研究、開始/感情を、思考を、あるがままに受け入れよう

サイコパス研究、開始


サイコパスとの出会い、そして別れ。
これらを普通の人間関係と同列に扱うことはできない。
付き合った相手がサイコパスだった場合、しんどさは別れた後も終わらない。
「普通の関係」とは異なり、いつまでもずるずると引きずるのが特徴だ。


破局から立ち直りつつあるサバイバーの頭の中には、「どうして?」で始まる疑問文が次から次へと湧いて来るはず。
本当の意味で癒されたいのなら、浮かんだ疑問のひとつひとつに答えを出していくしかないんだ。
さもないと、いつまで経っても堂々巡りが終わらない。


サバイバーは「二人の関係が壊れたのは私のせいだ」と、自分を悪者にしたがる。
周囲の無理解と無神経さがそれを後押ししている部分もあるのだけれど。
あなたがどれほど大変だったか、知りもしないで
「なんでもっと頑張らなかったの?」
「いずれ破局するだろう、って予兆はあったでしょうに。気付かなかった?」
「喧嘩両成敗、ってよく言うし。まぁ、どっちもどっち、なんだろうね」
といった的外れのコメントをする連中って、結構いるんだよね。全く、いい迷惑だ。


だが、ここではっきりさせなきゃ。
異常なのは、サイコパスなあいつの方だから!


奴に出会った時は、まさかそんな人種がこの世に存在するだなんて夢にも思わなかったでしょ?
そう。あの頃はあなたもまだ「ウブ」だった。


この先も「あの人のことはもう忘れなさい」といったお節介を焼いてくる人は一人や二人じゃ済まないはずだ。
覚悟はしておこうね。
そういう人々は決まって「まだ別れた相手のこと考えてるの?だから、いつまで経っても吹っ切れないのよ」といった説教をしたがるもの。


そんな連中の言葉に耳を貸す必要なんて無いよ。
「サイコパス(精神病質)」と関わって傷を負った場合は、むしろ自分から動いて積極的に情報を求めるべきだ。
サイコパスについての知識を得れば得るほど、回復が早まる、というのが定説だから。


まずはサイコパス気質の捕食者が共通して用いる手口や、相手を巻き込むマインドゲームの諸パターンをつかめるようになろう。
そこをマスターすれば、「あの時、あいつが仕掛けて来たのはこれだったのか!」といった具合に、どうしても解けなかった謎がみるみるうちにほぐれていく。
虐待されたあなたの側に全く非が無かった、ということも明らかになる。


これでサイコパスの思考回路が完全に把握できたね。
あなたは最初から完全に「はめられて」いた。これも確定となった。。


心の中のわだかまりが一つ、また一つ...と消えていく。
さあ、時は満ちた。
今度は長いこと忘れていたパワーを、あなたが自らの手に取り戻す番だ!





感情を、思考を、あるがままに受け入れよう


苦痛は極力避けて通りたい。
ごく普通の人間だったら、まずそう考える。


ただ、苦痛に直面し、それに打ち克つというプロセスの中にある種の美を見出すのもまた、人間の逆説的な面白さなんだよね。
苦しみのどん底から這い上がり、向こう岸にたどり着けた時の喜びは、他の何にも代えがたいほど素晴らしいものだ。


あなたも、こうした喪失の諸段階を行きつ戻りつしながら、少しずつ癒しの方向へと向かいつつある。
この、行きつ戻りつという動き方。
サイコパスとの遭遇、そして破局を経た人にはよく見られる回復パターンだ。


様々な感情が波のように次々と襲ってくることもあるだろう。
その時は、自分の中を行き来するありとあらゆる感情を、余すところなく味わった方がいい。へたに止めない方がいいのだ。


また、頭の中がサイコパスのことばかり、脳内はハイジャックされたも同然、という時でも、浮かんで来る考えは無理に遮断しなくていい。
そっくりそのまま、入って来るに任せよう。
あまりにも奴の事ばかり考えている自分に、「まずいな、私までおかしくなったかな?」と不安になるかもしれないが、それでいいのだ。
あるがままに状況を受け入れよう。


もちろん、中には
「いや、あんな奴に脳内を乗っ取られてたまるもんか。こうなったら徹底的に追い出してやる!」
と、戦闘態勢を崩そうとしない人だっているだろう。
でもね、悪いことは言わない。やめておいた方がいいよ。百害あって一利なし、だから。


あなたが今経験しているような現象。
実は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に当てはまる可能性が高いんだ。

PTSD/心的外傷後ストレス障害:「命の安全が脅かされるような出来事(戦争、天災、事故、犯罪、虐待など)によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である。」(Wikipediaより)】




あなたが受けたトラウマ(心的外傷)を解消するためにも、必要な支援を求めて欲しい。その分野に詳しい専門家や治療法を探してみよう。
近頃は療法やヒーリング・メソッド/ヒーリングの技法にもいろいろなものがある。良いものがあれば、試してみる価値はあるかもしれない。


驚くことに、苦しみから逃げず、逆に立ち向かっていくことによって、自分自身の姿が次第にはっきりと見えるようになる。
今まで見たこともなかった自分の新しい側面に出会える。
しかも、以前と比べて、自己省察は一段と深みを増したような気がする。


自分を尊重する気持ち。
自分を大切にする気持ち。
そして、自分を信じる気持ち。
今、あなたの中で着実に大きく成長しつつある。


直感の声が少しずつ太く、はっきりと聞こえるようになってきた。
あなたはその声に従い、思い切った行動を起こせるようになっていく。


そろそろ信頼に値する人々と出会えたらうれしいな、って思い始めたんじゃないかな。


だったら、まずは自分自身をとことん信頼できるようになろうね。

2018年7月2日月曜日

幻影を手放して/「安全第一」

幻影を手放して

サイコパスからの虐待を受けた。
この苦しみから早く立ち直りたい。
一体何をすればよいのだろう。


まずは加虐者との「接触を全て断ち切る」ことから始めよう。


あなた、本気であいつと縁切りしたいって思ってる?
だったら、あいつに対してあなたが抱いたイメージをとことん切り捨てるところから始めなくてはね。
わかるよ。一度は愛した人だから、そう簡単に捨てるわけにはいかないよね。
でも、これをやっつけないことには、何一つ事態は変わらない。


ここで大変残念な、そして悲しいお知らせがある。
あなたが思い描いていたような人物は、もうこの世にいない。
しかも、未だかつて存在したことさえなかった。


あいつは、ただの幻影でしかなかった。
そもそも、彼/彼女という存在自体が「仮面」のようなものだったよね。
あなたのやることなすことを物真似し、あなたを操る、というその手口。サイコパス臭がプンプン漂う。


身も心も押し潰されるように辛い、という今のあなたの状態、私には手に取るようにわかるよ。
でも、ここはぐっとこらえて一歩前に進んで行かないと。
本当に自由になりたければ、これ以上あんな奴の幻影なんて追いかけちゃだめだ。


サイコパスに出会った時のことは、今でもはっきりと覚えている。
「うわ、こんな素晴らしい人がいたなんて!何もかもが完璧だわ!」と胸がいっぱいになった。
この人、誰よりも私をよく理解してくれている。当時は本気でそう信じて疑わなかった。
しかも、「ここだけは外せない」といった趣味・志向の話になっても、二人の意見は驚くほど一致。
「あまりにも話がうますぎる」と、少々寒気を覚えたことも一度や二度ではなかった。



だが、その後大きな衝撃が私を襲う。
彼の浮気が発覚したのだ。
それも、そんなことあり得ない、ひど過ぎる...と言わずにいられないほどの卑怯なやり方で、二股交際を続けていたのだという。
さすがの鈍い私も、そこでようやく気付いた。
「妙に話がうま過ぎるな、とはずっと思っていた。やっぱりそうだったのか...」と。


何もかもが、嘘だった...私自身と、私が彼に抱いていた愛情を除けば、全てが嘘・嘘・嘘。
私には大切な人だったのに。本気で彼のことを愛していたのに。


強烈な心の痛みにもだえ苦しみながらも、私は自分の中の小さな灯火──真実、という灯火──を必死に守り、光を消さないようにと歯を食いしばって耐えた。
私の魂にかろうじて残っていたこの真実の光。
どんなことがあろうと、見失うわけにはいかない。


あいつが必死に演じようとしていた「夢のようにすてきな彼氏」。
幻は、全て投げ捨てた。
私の場合、あいつの影を一掃したおかげで、しばらく疎遠になっていた自分のハートとの距離をぐっと縮めることができたように思う。


あなたにもぜひそうなって欲しい。
どんなことをしてでも、あいつの幻影は手放していただきたいのだ。
サイコパスの幻影を捨て去ることができれば、きっと本来のあなたに再び巡り会えるはず。
その日が訪れるのはそう遠い未来のことではない、と思うな。






答え探し──でも、まずは安全第一で!


付き合っている相手は、病的な嘘吐きだった...。
それを知った私は、「真相究明ミッション」とも呼ぶべき強烈な欲求が自分の奥底からこみ上げてくるのをどうにも抑えることができなかった。


周囲の誰もが──ただ一人の例外も無く──私を制止しようとした。
「サイコパスのことをあれこれ調べるのは止めとけ」と。


でも、私としては、一つでも多くの嘘を暴いてやりたいという気持ちに突き動かされていたため、周囲の制止を振り切ってそのまま真実を探し続けたのだった。
その判断は正しかった。
今も自信を持って言える。


なぜ正しかったと言えるのか?
それは私が

サイコパス本人、並びにサイコパスと関わりのある人々とは接触せずに、あくまでもその周辺から「真相は何か」を調べる


という方針を徹底的に貫いたからだ。


また、新しく仕入れた情報をサイコパス本人やその取り巻き連中に漏らしたい、との衝動に駆られても、じっと我慢し、口を閉ざした。
本当は喋りたくて喋りたくてたまらなかったのだが。


私自身の匿名性をキープしつつ、入手できる情報源は全て当たり尽くした。これ以上深入りしたら身元が割れて危険だ、と感じた時点で、調査活動はひとまず終了。


情報はつかめたが、だからと言って心の傷がすぐに癒えたわけではない。
しかも、今回明るみになった奴の悪事は、全体から見たら「氷山の一角」。まだまだ多くの事実が埋もれていそうだということもあり、特に気持ちが晴れたわけでもなかった。


それでも、自分から動いて正解だった。
真実を求め、自らアクションを起こすことで、それまで見失っていた自分自身が(全部ではないにせよ)戻ってくるのを実感できたのだから。
崩れ落ちた自尊心を立て直す道への一歩を踏み出せたのは、この一連の真相究明ミッションを遂行したおかげだ。
私はそう思っている。


答が欲しいのなら、好きなだけ探したって構わない。
本当のことが知りたいのなら、好きなだけ隠された真実を暴いたって構わない。
ただし、

ノーコンタクト、というルールの
範囲内でなら...ね。


2018年7月1日日曜日

絶縁(ノーコンタクト)②~絶縁状態での幕引き

絶縁状態での幕引き

【これから数回に分けて掲載する部分は、僕の親友であり、PsychopathFree.comの共同管理者も務めてくれている「HealingJourney」女史が寄稿してくれたものだ。彼女の鋭い洞察のおかげで、僕も多くの気付きを得ることができた。 
彼女は本も出している。 
「サバイバーによる探究の旅:悪との遭遇、そして回復の記録」(原題:The Survivor's Quest: Recovery After Encoutering Evil)。興味ある方にはぜひご一読をおすすめしたい。】

The Survivor's Quest: Recovery After Encountering Evil (English Edition) 
The Survivor's Quest: Recovery After Encountering Evil (English Edition)posted with amazlet at 18.06.30
(2014-08-12)
Amazon.co.jpで詳細を見る

サイコパス人間という悪に遭遇し、奴の魔の手から命からがら逃れてきた経験を持つ人ならばわかってもらえるはず。
サイコパスとのつながりを断ち切るのは、実にしんどい作業だ。
「簡単にできるよ」なんて、口が裂けても言えやしない。


サバイバーは、とにもかくにもサイコパスとの接点を断ち切り、絶縁(ノーコンタクト)状態が安定期に入るまでは、ほとんど身動きが取れない。
絶縁状態がほぼ確実となってはじめて、砕け散った心、バラバラになった生活のかけらを、一つ一つ拾い集められるようになる。


「できれば、きちんとこの関係にけりをつけたい。」
多くのサバイバーからこのような声を耳にする。
何らかの形でサイコパスに締めの言葉を言わせて関係を終えたい、と願う人もいれば、逆に「そんな言葉、聞きたくない」と耳をふさぐ人もいる。


でも、サイコパス被害に遭って、そこからの回復を目指すサバイバーだったら、誰もが一度は同じ問いにぶち当たるはず。
(時期は人によってそれぞれ異なるけれど。)


「この暗闇から外に出られる日なんて、本当にやって来るのだろうか?」


まず、良いニュースから言おうね。
「イエス。あなたは必ず暗闇から出られるし、奴との関係にけりをつけることだってできる。」


でも、幕引きをサイコパス側にやってくれたらいいな...、という部分については、「ノー」。
あいつに期待したって無駄だから。
そんなこと、やるわけがない。


幕引きの作業は、あなたの内側から来る合図に従って行われなければならない。
外ばかり見ていてはだめなのだ。


では、これから数回に分けて、幕引きへと至るルート上で出会う通過点を、いくつか紹介していこう。
ただし、これはあくまでも【路線図(ロードマップ)】のようなもの。





だから、文章に登場する順番通りに出来事が起こるだろう、といった年表のような使い方はしてもらいたくないのだ。
複数の出来事が同時多発的に起こることも考えられる。
ということで、時間軸に関する部分は、読者のみなさんの自由な解釈にお任せしたいと思う。




2018年6月28日木曜日

絶縁(ノーコンタクト)①

絶縁(ノーコンタクト)

サイコパスとひとまず関係が切れた後は、とにかく


絶縁/ノーコンタクト(No Contact)を貫き通すことだ。


奴の対人操作トリックと、新たな虐待の魔の手から自分の身を守りたかったら、取るべき道はただ一つだけ。
例外なんてあり得ない。


あなたが負った傷が浅かろうが深かろうが、奴と再接触すれば傷はますます悪化する。
これだけは間違いない。
ただ、サイコパスとの間に子供がいたり、どうしても切れないしがらみがあったり、という人も中にはいるだろう。
その場合は、せめて接触の時間を最小限に留められるよう、努力してみよう。


毒性の強い人々との縁を断つことができれば、日々の暮らしは驚くほど変わる。
最初はくじけそうになるかもしれない。何せ、そのしんどさと言ったら、中毒物質を一気に取り上げられた時の禁断症状に匹敵するレベルなのだから。
だけど、絶縁から時間が経てば経つほど、得られたものの大きさにも気付くようになる。
一つ、また一つ...といった具合に、毎日の生活に思いがけない喜びが舞い込んで来るのがわかるんだ。


自尊心。
他人との境界線。
嘘偽りの無い、本物の友情。
日に日に大きく、たくましく育っていく様子は、自分でもはっきりと認められるようになる。


かつては、周囲からゴタゴタを持ち込まれても不平一つこぼさず、「仕方ないな」と受け入れ、許す...といった具合に、人間関係では消耗するばかりだったあなた。
あの頃と比べたら、付き合う人々の顔ぶれは相当変わった。
いちいち言い訳や説明を求められるような面倒な奴らなんて、もう懲り懲りだ。関わりたくもない。


やっと手に入れたのは、自由な日々。
魂が大きな花を開かせる季節が、あなたにもようやく巡ってきたのだ。


時々、当時のことを思い出す。
その度に首をひねりたくなるだろう。
「よくもまぁ、あんな病んだ連中とずっと一緒にいられたものだ」と。
でも、あなたは新しく生まれ変わった。だから、もうかつての自分を責めたりはしない。
むしろ、「かわいそうに。辛かったよね。」と寄り添ってやりたい、とさえ思う。
うん、なかなかいい感じじゃないか。よくここまで頑張って来れたね!


ノーコンタクト。
読んで字の如し、だね。絶縁。全ての接触を断ち切る。
どういうやり方、形態、手法であれ、サイコパスとは今後一切接触しない、ということだ。


どういうものが「コンタクト」に該当するかって?
実は、あなたが思っている以上に種類は多いんだ。

電話での通話
テキストメッセージ(ショートメッセージ)
 【訳注①:この表現、北米英語でよく使われます。日本だとSMS=ショートメッセージサービス、もしくはCメールといった名称の方が普通でしょう。携帯電話番号宛に送ることができる、Eメールよりは短めの通信文...と書けば通じますでしょうか。】
直接の対面 
 ・Eメール
Facebookでの「友達」関係
Facebookの投稿やメッセンジャー機能でのやり取り 
サイバーストーキング 
※Wikipediaより引用。「サイバーストーカー(英: Cyberstalker)またはネットストーカーは、インターネットを利用して特定の人物にしつこく付きまとうストーカーの総称。彼らの行為は、サイバーストーキング、ネットストーキングと呼ばれ、サイバー犯罪の一種であるとされる。」


サイコパスと再会したところで、いい事なんて一つも無いからね。
取るに足らない接触のように思われる場合でも、ダメなものはダメだ。
せっかく順調に回復しつつあったのに、ここで奴と接触すればそのプロセスにブレーキがかかってしまう。
「やめときゃよかった」って、絶対に後悔することになるよ。
コミュニケーションがどのような形であれ、一度サイコパスとやり取りすればダメージを受けるのは間違いなくあなたの方。
先方はかすり傷一つすら負わない。


とにかくあいつはあなたを泥沼の三角関係へと引きずり込むことしか考えていないからね。
それを「あ、この人、純粋に私のことを気にかけてくれていたんだ」なんてうっかり誤解しようものなら、とんでもないことになるよ。
一度でも甘い顔をしたら最後、あいつは必ずやお得意の魅惑テクニックでもって、あなたをつかんで離さないに決まってる。
後は、あの悪夢のような日々の再現さ。
「むしばまれていく、自分らしさ」の段階で嫌というほど見させられた、例の悪夢。
あれがまた繰り返される。



そしてまたもや【理想化】の段階へと逆戻りさせられるんだ。
そうなると、あなたは完全に足元をすくわれ、再び認知的不協和の谷底へと落ちていく...。


とにかく病的な嘘吐きだからね。付き合うだけでこちらまでおかしくなってくる。
しかも、意味不明な言葉の【ワードサラダ】でもってガンガン責められでもしたら、一体どうする?
苦労してここまで這い上がってきた努力も、全て水の泡となるね。


ほんの爪先だけでも触れさせてしまったら、たちまちあいつの対人操作術にやられるよ。
そうなったら、何もかもが元の木阿弥だ。


いいかい。あなたはどんなことをしてでも、この頑固な症状中毒とは手を切らなきゃいけない。
そのためには何よりもまず、

ノーコンタクトの徹底を
それ以外に逃れる方法は無い。

もし、あいつと連絡を取りたい、との気持ちがどうにもこうにも抑え切れなくなった時は?
これから僕の言うことを思い出して欲しい。


何か自分一人でできる気晴らしを見つけよう。
新しい趣味を持つ。
瞑想する。
文章を書く。
仕事に打ち込む。
ペットを可愛がる。
要は何でもいいんだ。サイコパスのことを忘れてしまえるほどに打ち込めるのであれば、どんなものだって構わない。




僕らの脳は、教え込みさえすればどんなことでも習慣化することができるらしい。
だったら、より健全な習慣を身に付けさせてやろうじゃないか。


それでもやはり、ふとした心の隙をついてサイコパスとの日々がよみがえる瞬間が時々は訪れるかもしれない。
落ち着いて。
ひとまず、深呼吸だ。
後は、無理にでも別のことを考えるようにして、気を紛らわすようにしよう。


サイバーストーキングについても、ノーコンタクトの原則は適用できると思う。
あなたから奴に直接接触することはしないとしても、相手の動きをネット上で見張らずにいられないというのは一種の中毒症状みたいなものだよ。


この中毒症状から足を洗いたければ、全ての経路を一気に遮断するしかない。
Facebook、Twitter、携帯電話...と、あらゆる連絡ルートにブロックをかけるんだ。
今すぐに、だ。


次のターゲットがあなた同様、無残に捨てられる様子を見届けることができれば、スカッと気分が晴れるはず、なんて思ってはいないだろうか?
だとしたら、少し考えを改めた方がいい。


あなたの中に残された痛みは、誰にも、どうすることもできやしない。
時が流れて、あなた自身が成長する以外に、苦しみが和らぐ方法なんて無いんだ。


今は信じてもらえないかもしれない。
でも、あなただって、この先大きく変わっていく。


あいつが何をしようが、誰とデートしようが、「あ、もうどうでもいいや」。
何事も無かったかのように平然とスルーすることができる。
いつか必ず、あなたにもそんな時期が訪れるはずだよ。