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2019年5月18日土曜日

トラウマ体験と二つの世界【後編】

【※前編はこちらです。
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2019/05/1.html 】

それから、しがらみや惰性だけで続いているような人間関係だけど、この際思い切って整理してみてはどうかな。
無理に長引かせたところで、今のあなたには何のプラスにもならないよ。
薄っぺらい世間話ではなく、価値観の近い人達と一緒にディープな人生談義を楽しみたい。
それがあなたの本音なんだろう?


以前は楽しかったはずの集まりなのに、最近は物足りなさを覚えることが増えた。
居心地もあまり良くないことだし、いっそ早めに引き上げるとするか...。
これもまた、この時期にはありがちなことだ。


というのも、あなたにとっての

「サイコパシー」
「共感能力」

はいくらでも話し続けられる、非常に興味深いトピックだよね?
いつでも誰とでも、きっかけさえあれば語り合うだけの準備はできている。
だけど、そうした話に乗ってくれるような人って案外少ないものだ。
できることならば怪しげな話題は極力スルーで行きたい。
そう考える人の方が世間では「普通」とされているんだよ。


【なぜあそこまで無関心でいられるんだろう、あの人たち。全くもって信じられない...。】
あまりにもそっけない彼らのリアクションを前に、とにかく腹が立って立って仕方がなかった。
読者の中にも、そのような経験をした人が多分いるんじゃないかな。


ほらほら、またもやあなたのど忘れ癖が出てしまったようだね。
世の大部分の人々は、外の世界と自分とを隔てる【バリケード】に守ってもらって心穏やかに暮らせればそれでいい、余計なことはしなくていい、と思っているものだ。
キナ臭い話なんてごめんだ、勘弁してくれよ...。
口に出さなくても、内心そう感じている人の方が圧倒的に多いだろうね。


サイコパス?
共感能力?
あ~、またその手の話か。めんどくさそうなことにはあまり首つっこみたくないんだけどな~...。
返ってくるのは、このような反応がほとんどだ。


だからと言って、彼らを「冷たい」と非難するわけにもいかないだろう。
あなた自身も、かつては彼ら同様【バリケード】内側の住人だったのだから。


【現実/外】の世界と、【魂/内】の世界。
二つの対照的な世界の間を振り子のように揺れ動きつつ、あなたはしばし考える。
いつになったら楽になれるのか。出口らしきものはまだ一向に見えてこない。
そもそも自分の中に二つの人格が同時に居座る、なんて奇妙な現象さえ起こらなければ、ここまでややこしいことにはならなかっただろうに...。


いいかい。
どれほど頑張ってみたところで、サイコパス体験以前のあなたを取り戻すなんてもう不可能なんだよ。
明るく前向きで純真無垢だった、あの頃。
今の様子からは想像もできないけれど、かつてのあなたは無邪気そのものといった感じの人だった。
その人はもう二度と戻らない。永遠に失われてしまったも同然なのだから。


だが、もがきや苦しみの背後で、とある大きな変化が起こりつつあることにあなたは気付いているだろうか。
以前と比べてみて、他人との間により風通しの良い、健全な関係が築けてはいないだろうか。
そればかりではない。
他人との間にバウンダリー(境界線)を引くことも、最近ではそれほど難しいとは思わなくなった。
自分を粗末にしてはいけない、ということだってしっかり学んだ。
「欠点だっていっぱいあるよ。でも、良いところだってたくさんあるし!」と、自分自身に正当な評価を与えられるようにもなった。


で、ある時あなたは突然悟る。
「なんだ、自分を防御するための【バリケード】なんて結局は必要なかったじゃないか」と。
まさにこれこそが「目からウロコが落ちた」瞬間だ。


この先も引き続き観察を続けていけば、その気付きが確信へと変わるのもそう遠くはないだろう。
あなたの言う通りさ。
世界と僕らとを隔てる【バリケード】なんて要らなかったんだ。
そんなものの助けを借りなくったって、僕らは充分自力でもって幸せになれるのだから。


そもそも【自尊心(self-respect)】って何だろう。
自分(self)のことを尊重しよう(respect)、という気持ちのことだよ。読んで字のごとし、だけど。
一体どこから来るかって?
もちろん、僕らの内側に広がっている世界からやって来るに決まっている。
宇宙は実によくできているものだ。そう感心せずにはいられない。
だって、聞こうとする耳を持つ者にはちゃんと答を差し出してくれるんだよ。最高に粋なはからいだと思わないかい?
(それって、裏返せば
「どれほど待ったところで、聞く耳を持たぬ奴のところには答なんてやって来ないよ」という意味にもなるよね。)


これからのあなたは、今まで以上に素のままの自分を受け入れられるようになっていく。
自分がもっと好きになる。
そういう流れにうまく乗れれば、もうこっちのもんだ。

【確かにあのトラウマ体験から受けた被害は甚大だった。
でも、全壊という最悪のシナリオからはどうにか逃れられたじゃないか。
だからこうやって今、再び立ち上がって歩き出せるんだ。】

との結論へとそのうちたどり着けるんじゃないかな。


あなたの【バリケード】は跡形もなく崩れ落ちてしまった。
でも、そこで思いがけず視界が開けたことで流れは変わった。
もしバリケードが崩れ落ちていなければ、忘れてかけていたもう一つの世界...つまり、人類全体を内包する大きな世界...へと続く連絡通路を再び見出すことなどできなかっただろう。


驚きいっぱい、元気いっぱいの瑞々しい子ども心についても、ここでようやく生存確認をすることができた。
どうやら心の奥深くにある目立たぬ場所で長いことひっそりと身を隠していたらしい。
行方知らずで一時は心配したけれど、結局は一歩も外へ出ることなく、あなたの中に留まっていたんだね。
よかった、よかった。


Image by pixel2013 from Pixabay

もうここまで来れば大丈夫だろう。
あなたはこの二つの世界...【現実/外の世界】と【魂/内の世界】...を自由自在に行き来できるようになったんだよ。
一回り大きく、そして賢く成長できた今、あなたは二つの世界を代わる代わるに訪問できるようになった。
これからは、普段の何気ない暮らしの中にもいろいろな楽しみを見出していくことだろう。


他人の心の痛みがまるで自分の痛みであるかのように感じられる。
そうしたあなたの特殊な感受性は、使い方を誤りさえしなければ今後の人間関係作りに大いに役立てられるはずなんだ。
一つ一つが味わい深く、非常に意義深い。これからはそういった縁を結んでいければいいよね。


あなたの才能は唯一無二のオリジナル。だからもっと自信を持って欲しいんだ。
たとえ他人が真似しようと試みたところで、そう簡単に真似できるものではない。


もちろん、僕もあなたも生身の人間だ。
時には心がざわついたり、荒れ模様になったりする日だって巡ってくるだろう。
そういう時は世界の片隅へと避難して、落ち着きを取り戻すようにしよう。静寂を友として、静寂の声に耳を傾けるんだ。
一人の時間が増えても、もう怖がる必要などないよ。
だって【一人の時間】イコール【もう一つの世界】で過ごす素敵なひととき、となるのだから。
楽しくならないわけがない。


あと、僕としては、トラウマ体験を乗り越えてきた全てのサバイバーたちにどうしてもこれだけは聞いてもらいたいんだ。

【あなたはダメ人間なんかじゃないよ!】

ダメ人間だなんてとんでもない。
素晴らしい人だよ、あなたは。
何が何だか訳がわからないまま、理不尽そのものといった状況へとただ引きずり込まれただけさ。
それでも必死に歯を食いしばり、諦めることなく最後まで頑張ったよね。
純真無垢さを強引に剥ぎ取られ、貶められ、そして遂には汚されて...という体験は想像を絶するような凄まじいものだったけど、でもどうにかここまで立ち直って来れたじゃないか。


耐え難い屈辱を受けた。これは間違いない。
でも、本来しっかり者のあなたのことだ。転ばされたってただでは起きないと思うよ。


辛い体験と引き換えに、あなたは【知恵 wisdom】というかけがえのない宝物を授かることができた。
数年、数十年、一生涯という時間をかけたというのに【知恵】に触れもかすりもせずに人生のゲームオーバーを迎えてしまった、という人々だって世の中にはごまんといるのにね。


当時を振り返ってみると、よみがえるのは辛い思い出ばかり。
でも、あれが「人並み外れた」特殊な経験だったことだけは間違いない。
宇宙というレストランがあなたのために用意してくれていたのは、どこにでもあるような無難な定食メニューではない、いささかスパイスが効き過ぎた、相当クセの強い味付けが施された特別仕様の一皿だったのかもしれないね。


これだけは覚えておこう。
僕らの住むこの世界には【魂/内の世界】と全く接触を持つことなしに一生を終える、といった類の人々も掃いて捨てるほど存在している。
もちろん例のサイコパスもその一人に含めていい。
まぁ、奴らの場合、【魂/内の世界】から出入り禁止と言われたも同然だしね。無理に押し入ろうとしたって、勢いよく弾き出されるのはまず間違いないよ。


だからこそ、奴らは共感力に富むあなたのような人間を忌み嫌うのさ。


自分にはどうしても手が届かないものがある。
なのに、あなたはそれを既にたくさん所有している。
この不愉快極まりない事実にぶち当たるたびに、サイコパスは地団太踏んで悔しがり、癇癪玉を爆発させずにはいられない。
奴らにはこの現実世界という修羅場でせいぜいもがき苦しんでもらおうじゃないか。
人生最期のお迎えがやって来るその日まで、俗世間の垢にまみれ、汚れ、七転八倒し続けてもらう。それがベストだろうね。


あの手の連中は、「魂の奥深いところで壮大な宇宙とのつながりを持つのが大切...」なんて話を聞いても鼻先でせせら笑うことしかできないだろう。
薄っぺらく生きて、薄っぺらいままで死ぬ。
所詮その程度の奴でしかないんだよ。


【現実世界】の中にいきなり【魂の世界】の一部がすぅっと入り込む。
読者の中に、そのような不思議体験をした人はいないだろうか。
僕自身、実際にこうした感覚は何度も味わったことがある。
だから「そういう世界は確かにあるよ。」ってきっぱりと言い切れるんだけどね。
似たような体験をしたのは決して僕一人だけではないと思うよ。


特にこれといった理由も無いのに、心が悲しみで圧倒される、ということがある。
でも、これ、他の誰かの悲しみが僕らの心の中に入り込んだだけなのに「あ、自分は今悲しいんだな」と僕らの方で勝手に勘違いしているだけなのかもしれない。
友人が大喜びしている時なども同様だ。
別に自分に良いことが起こったわけでもないのに、なぜか友人につられて自分まで気分が高揚してくる。で、いつしか心がすっかり幸せで満たされている。
考えてみればこれも不思議なことだね。


それから、「奇妙な偶然の一致」という言葉でひとくくりにされる諸現象がある。自分と同じ瞬間に、別の誰かも全く同じことについて考えを巡らせていた、という、これまた奇々怪々な現象だ。
でもこういう話は誰でも一度や二度耳にしているのではないだろうか。


そのような不思議な出来事を何度も体験してしまうと、僕らの目に見えようが見えまいが、【魂の世界】はこの世のどこかに確実に存在しているのかもしれないな、との結論にどうしても行き着かざるを得ない。


巨大な【魂の世界】側の視点から物事を見るならば、みんなを一つの大きな【つながり】でもって結びつけることだってできるよね。
そう、実はみんながつながっているんだよ。
今僕の本を手にしてくれているあなたも、そして著者である僕も、誰もがつながっているんだ。


【二つの世界】...つまり、【現実/外の世界】と、【魂/内の世界】が混ざり合って一つになったとしたら、果たしてどんなことになるだろう。
少しだけ想像してみようか。


融合後の新世界では、感情も、思いやりの心も、何一つとして修正を加える必要が無いから、ごく自然な、素のままの姿で存在することができる。
そこでは僕らの魂もまた、さながら鳥のように翼を広げ、大空高く舞い上がり、喜びの歌を高らかに歌うことができる。
とはいえ、悩みや苦しみといった茨の蔓(つる)でがんじがらめにされ、動けなくなった人も所々では見かけるかもしれない。
そんな時は、彼らの痛みにそっと寄り添ってあげよう。
虐待から回復しつつある人の歩みはまだまだぎこちない。
完全回復に至るまでには時間、そして周囲の人々からの応援がどうしても必要となるからね。力になってあげようよ。


もちろん、新世界にあるのは苦しみや痛みばかりとは限らない。
誰かの心に喜びの感情が芽生える。
すると周囲がそれをいち早くキャッチして、より多くの人々と一緒に分かち合う...。
そんな場面もここでは日常のごくありふれた一コマだ。これといった気負いもなく、自然にそのような流れとなるのも、新世界ではごく普通のことだ。
一人一人のハートからは、明るく、色とりどりの光がさんさんと外に向かって放たれている。
光輝くハートを持つ人の数が増えれば増えるほど、世界はますます美しい場所へと変化していく...。


どう?
「うん、素敵。本当にこんな世界があったらいいな。」
あなたもそう思ってくれるだろう?


もっとも、サイコパスの立場からすると、これほど魅力を欠いた世界も珍しいらしい。
共感能力など少しも持たぬ奴らにとって、共感能力が重んじられる新世界はそれこそ【生き地獄】でしかない。住み心地は最悪だろう。


だからこそ、僕らは手に手を携え、互いの力を合わせて、二つの世界を融合させていかなければいけない。
【現実/外の世界】と【魂/内の世界】。
対照的な二つの世界を融合させて一つの大きな世界を作るんだ。
そうすれば、暗黒人間の活動区域をじわじわと狭めていくことができる。
また、共感力に富む全ての人々に対しては「あなたは素晴らしい人だ、ダメ人間なんかじゃない!」とのメッセージを今後もずっと発信し続けていく必要があるだろう。



とにかく、虐待された事実も、過去の出来事も、あなたが恥じる必要なんて少しもないよ。
悪いのは虐待者。
責めを負うべきはあいつただ一人だけだ。


僕もあなたも、無事に修羅場から離れることができた。
「助かった」というこの事実にも、何かしらの意味があるのではないだろうか。
どうもそんな気がしてならない。


そう、全てはまだ始まったばかり。
本当のお楽しみはこれからだ。








2018年12月14日金曜日

感情は後から遅れてやって来る~猛烈な怒り・抑うつ状態~

感情は後から遅れてやって来る

症状:猛烈な怒り。抑うつ状態。極度の嫉妬心。考えが次から次へと湧き起こる。憎悪。加虐者に接触したいとの気持ちが抑えられない。


さて、 サイコパスの化けの皮は剥がれた。
覚悟はいいかな。
これから先、不愉快な感情が次々と波のように押し寄せてくるはずだ。
余計な力を抜いて、気楽に構えればいいよ。
どうせすぐには終わらないから。


この段階では、あいつと付き合っていた間に抑圧されていたいろいろな感情がどっと噴き出してくる。
覚えているだろうか。
当時だって、本当は心の奥でさまざまな感情がうごめいていたんだ。
にも関わらず、それら全てが脇へと押しやられてしまった。
二人の間に波風を立てたくないから、というだけの理由で。


だが、そうした負の感情全てが消え失せたわけじゃない。
自分自身への疑い、不安感といった別の姿をとってあなたの中にしつこく居座り、事あるごとにあなたの心をかき乱していたんだよ。



サイコパス・ゲームの種明かしをされてからのあなたは、それこそはらわたが煮えくり返るような気持ちでいるんじゃないだろうか。
だって騙されたのだから。
操られたのだから。
貶められたのだから。


猛烈な怒り  


自分へと向けていた疑いの念は、今や怒りへと置き換えられた。
とうとう真実が白日の下にさらされたからだ。


要するに、あなたはあいつに利用され、手懐けられ、洗脳されたわけだ。 
腹立たしい、などといった生ぬるい言葉ではとてもこの怒りを言い表すことはできない。
できるものなら息の根を止めてやりたいとさえ思う。 
奴の知り合いを片っ端からつかまえて「あの人、こんなひどいことしたんですよ!」と直接ぶちまけたくてたまらない。 
 「地獄へ落ちて黒焦げになれ!」
そんな手紙の一つや二つも書いて、送り付けたくなる。  



友人・家族に会えば、どうしてもあいつとの一件について話をせずにはいられない。
封印しろと言われたって、もう無理というものだ。
もはや心はバースト寸前なのだから。


わかるよ。 
あれほど長い間しゃべるのを禁じられ、ぞんざいに扱われ、踏んだり蹴ったりの毎日を強いられたんだ。
今ようやく自由に声を上げられるようになったというのに、ただ黙っていろだなんて。
あまりにも悔しいよね。 


ただね、不貞行為や嘘といった事実を並べてあいつの非を暴こうとしたところで、その話、間違いなくひっくり返されるよ。 
涼しい顔で「違う。悪いのはそっちの方だ」とあなたの方へ非難の矛先を向けてくるに決まっている。
そうなると、あなたは怒るのも忘れて「やっぱり私が悪かったのかも」と後ろめたい気持ちにさせられるかもしれない。
これではあちらの思うつぼだよ。



以前のあなただったら、認知的不協和にぶつかるたびに必死に怒りを圧し殺していたんじゃないかな。
そうやって自分自身を無理矢理納得させていたのだろうね。


 

だが、今回だけはそうしなかった。 
怒りは怒りと認めて、きちんと表に出した。
あなたもようやくそこまでできるようになったのだ。 


もう一つの遅れて来た感情・嫉妬心についても同じようなことが言える。 


あいつ、どれだけ長い間二股かけていたんだろうね? 
嫉妬心に駆られ、普段のあなたからは考えられないような醜態をさらしたこともあったよね。
あいつ、それさえも自分の都合のいいように利用しただろう? 
「ご愁傷様だね」「気の毒に」など、いかにもいい人といった感じのセリフを連発しながら、新しい相手にすり寄って行ったんじゃないかな。


だからといって、あちらが仕掛けた中傷合戦という罠にはまっては、今までの努力も水の泡となってしまう。

「私、間違っていません!」と、あなたが大声張り上げて必死の訴えをすればする程、ズルズルと深みへとはまり込んで逃れられなくなるよ。


※参考過去記事:【気が付けば、被告席に】https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/05/blog-post.html


「遅発性」、すなわち後から遅れて生じてきた猛烈な怒り。
サイコパス的な人間関係が終焉を迎えると、必ずと言っていいほど噴き出してくるものだ。 
もっとも、そうした自分の中の怒りに気付き、身体でもって感じられるようになるまでにはある程度の時間が必要だろう。
数か月でその域に達した、という人もいれば、怒りを自覚できるまで数年はかかった、と語る人もいる。人それぞれである、としか言えない。


だけど、その怒りを相手にぶつけるのだけはなんとか思いとどまって欲しい。 
そんなことしたって、何一つ良いことなんて無いのだから。 


とにかく、今は落ち着きを保つこと。 
ちょっとやそっとで動揺しないこと。 
この二つが何よりも大切だ。 


というのも、サイコパス側としては、あなたがカッとなってくれた方がかえって好都合なんだよ。 
「みなさん!この人、頭おかしいですよー!」と大声上げて周囲の人々に拡散する絶好のチャンスだからね。 
...しかも「この人、別れてからもまだ未練たらたらなんですよー!」と、「自分、モテてます」アピールまでできるとあって、まさに一石二鳥。奴にとっては願ったりかなったり、だ。 


あいつはね、あなたとの仲がとっくの昔に終わっているにもかかわらず、再び三角関係に引きずり込んでしまおう、と目論んでいるんだ。 
「ノー・コンタクト(絶縁)」ルールを守るあなたが奴の前から完全に姿を消していようがいまいが、奴にとってはどうでもいいらしい。


まぁ、所詮怒りは怒りでしかないんだよ。やれることには限界がある。


本気で自分を癒したいのなら、怒りという感情は決して切り捨てちゃいけない。回復への重要なカギを握るのが、この怒りの扱い方だと思う。


相手に向かって怒りを爆発させたところで、一体何になるというんだ。
その瞬間だけはスカッとするかもしれないが、長い目で見てそれが永続的な心の平和をもたらしてくれるだろうか。
その可能性はきわめて低そうだ。


だったら、「自分自身を大切にする心/自尊心」をより大きく、より健やかに育て直していくための起爆剤として、怒りという感情を活用すべきじゃないかな。 
怒りのエネルギーを上手く使いこなせるようになってはじめて、僕らは本当の意味で癒されたと言えるのではないだろうか。



そう。 あなたはもっともっと良いもの・良い人間関係に恵まれてしかるべき人なんだ。
ここを理解できたら、あなたの「自尊心」はすくすくと育っていくだろう。 



抑うつ状態 

気持ちが大きく沈み込む。 
かと思えば、今度は腹が立って腹が立って仕方がない。 


二つの状態を振り子のように行ったり来たりする時期はしばらく続くだろう。 
良い日もあるし、悪い日もある。
なんとか気分を安定させようと努めてはみるが、どうもうまくいかない。 


夜、寝る時には「もう大丈夫!次、行くぞ!」と前向きになれたはずなのに、翌朝目を覚ましたら気分は最悪。枕に顔を埋めてわんわんと声を出して大泣きする...。
当分、そのようなパターンが繰り返されるだろう。 


悲しい気分になるのはごめんだ。 
かと言って、怒り狂うというのもどんなものかと思う。 
私、人を好きになったってだけだよね? 
なのに、どうして人を好きになったことでひどい目に遭わなきゃいけないわけ? 


一度こじらせてしまうと、頭の中から加虐者・サイコパスを追い払うのは極めて難しくなる。


街を歩けばカップルの姿が否応なしに目に入る。
あの、失われた恋の日々をどうしても思い出さずにはいられない。 


ラジオのスイッチを入れれば、昔好きだったラブソングばかり流れて来る。それも、次から次へと。


ワイングラスが目の前に来た。どっと涙があふれてしまいそうだ。
泣いたら周りの人からは白い目で見られるだろう。頭ではわかっている。でも...。


やがてあなたは身近な社交の場から身を引き、一人ぼっちになることを覚える。 
唯一の「付き合い」は、ネット掲示板やSNSでのやり取り程度。みんな経験者だけあって、悩みも苦しみも全てわかり合える。その気楽さがうれしい。
一方、現実世界の友人・知人とはますます接点が減っていく。
どうせ彼らに話したところで理解されないに決まっている。話すだけ無駄だ...。


脳内は強迫的な、せわしなく飛び交う思考でもって埋め尽くされる。 
ほんの些細なことにも敏感に反応。
頭の中はカオス状態で、まるで収拾がつかない。 


だが、ここで再び浮上してくるのが「他人との境界線」である。
(もっとも、あなたの場合は「再び」ではなく「生まれて初めて」とするのが正しいのかもしれない。) 



※過去記事:【境界線(バウンダリー)】の発見 https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/11/blog-post.html


あの頃の自分は、なぜあそこまで卑屈になれたのだろう。 
どれだけ多くのものを失ってしまったことだろう。
おぼろげではあるが、その答えが徐々に見えてくる。 
今頃になってようやく、ではあるけれど。 


...あの邪悪な奴をうっかりと人生に招き入れたことで、どれだけ多くの犠牲を払わされたことか。 
失くしたのは友達だけじゃない。
何もかも失ってしまったじゃないか。 
金も、人生経験も、ささやかな幸福感も、全部。 
たった一人のろくでなしと関わってしまったがために。 


かつてのあなたは、いつも愛ある眼差しをあたたかく世界へと向けているような人だった。 
今や、その眼(まなこ)はかたく閉ざされてしまったかのようにすら見える。 


「相手の言動はとりあえず良い方向に解釈してあげるべき」
性善説に基づく人付き合いを心掛けてきたあなただったが、例の悪夢を境に、他人というものを一切信用しなくなってしまった。 


気が付けばいつもびくびくしている。胸のあたりが締め付けらるようだ。
そんな不快感にあなたも毎日悩まされているんじゃないかな。
...悪魔の長く鋭いかぎ爪でもって心臓をわしづかみにされてしまったかのように、胸が苦しい。
僕らがどれだけしんどい思いをしていたか、ここまで書けば少しは伝わるだろうか。 


いっそ、全てを忘れられればどんなに楽なことか。
だけど悪魔はちょっとやそっとじゃ退散しなさそうだ。
あなたの心の至るところに出没しては、わざわざ辛い過去の記憶を引きずり出す。
そんな嫌がらせを、朝から晩までやっている。


「そう易々とお前を逃してたまるか」とでも言わんばかりに。


2018年12月7日金曜日

知り過ぎたがゆえの闇

知り過ぎたがゆえの闇

サイコパス被害を乗り越えた「サバイバー」の中には
「どんな人にも、少しは良いところがあるはず」
との「性善説」をひたすら信じてきた、と語る人が少なくない。


「無知という名の至福」にやさしく包まれ、まどろみのような心地良い日々を送っていた、かつてのサバイバーたち。
だが、彼らはある日突然、暗くて冷たい奈落の底へと突き落とされた。
サイコパスの登場により、平和な世界は消え去った。


その後あなたは「サイコパス」、そして人間全体の性質について一から学び直すことを余儀なくされる。


とはいえ、この手の話題って、一つ知ったらまた一つ、といった具合にどんどん追究したくなるよね。
あなたも知らず知らずのうちに以前とは比べ物にならないほどに深く、幅広く、人間というものを理解できるようになっていたんじゃないかな。


では、サイコパスはどんな理由で、どんなトリックを用いてあなたをターゲットと定め、そしてまんまと釣り上げることに成功したのだろうか。
もう今ならわかるよね。
・・・弱点をいち早く嗅ぎつけて、そこを狙い撃ち。
「愛情爆弾」で攻めて、一挙に陥落させる。
化学物質依存症にさせて、骨抜き状態にする。
汚い手口の背後に隠した奴の真意だって、今のあなたならば瞬時のうちに見透かせると思うよ。




(Twitterで本ブログを紹介してくださっている「夕下(ゆうした)」さん。いつもありがとうございます。
まだご存知でない読者の方がいらっしゃいましたら、夕下さんのスタイリッシュでキレの良いツイート、ぜひお読みになってみてください。現在進行形で辛い時期を潜り抜けている方、過去を振り返って気持ちの整理をしたい方...とにかくみなさまにお勧めです。力付けられると思いますよ。)

ところが、ここで困った事態が発生する。
奴と関わることではからずも真の邪悪さに触れてしまったあなたが、あたかも闇世界へと入り込み、そこの住人となってしまったかのように思い込んだのだ。
悪に近付き過ぎたがゆえの、一種の副作用なのだろう。


「所詮人間なんてちょろいもの。ちょっとおだてていい気分にさせればいいんだ。それだけで面白いように動くから。」


まさか自分の口からこんなせりふが飛び出すなんて。
これほどにまで自分の心はどす黒く、悪に染められてしまったのだろうか。
そう気付き、あなたはしばし言葉を失う。


心の闇はどこまでも続いていく。終わりは見えない。
どんな物言いをすれば人の心にグサリととどめを刺せるのか。
自らの命を絶つ域にまで追い詰めることができるのか。
そんな物騒なことまで考えるようになってしまったとは。
なんてことだろう。
こんな話題、知らずに済ませられるものならば永遠に知りたくなかった。
一体自分はこの先どこまで堕ちていくのだろう...。


だけど、ここは焦らずに行こう。極論に走らずにね。
大体、あなたはそうした邪悪なたくらみを本気で実行へと移せるだろうか?
もちろん、できっこないさ。
あなたには無理なんだ。


あなたの中には【良心】がしっかりと生きている。
たとえ道を踏み外しかけたとしても、良心が黙っちゃいないだろうね。
あなたをしっかと捕まえて、人の道から外れないようにと全力でブレーキをかけてくれるはずだよ。
サイコパスとあなたとの一番の違いは、まさにそこなんだ。


「でも、ここまで邪悪な知識を豊富に取り込めるのだから、やはり私もあいつ同様サイコパスだった、と考えた方がよいのでは…。」
まだ納得が行かないようだね。


あのね、そもそもあいつの中には良心のかけらすら無いんだよ。
あなたとは明らかに違う。
出発点からしてまるでかけ離れているのだから、外側に表れる行動にしたって同じものに行き着くはずがない。
第一、あなたとサイコパスとを同類扱いする人なんて、誰一人としていやしないよ。


要するに、僕が言いたいのはこういうことさ。

「世間や人間について今まで知らなかったことを知り、裏の裏まで見てしまったからといって、必ずしもその人が邪悪の側に転ぶとは限らない。」


J.K.ローリング【訳注:「ハリー・ポッター」シリーズで有名なイギリスの女性作家】もこう書いている。

「誰だって自分の中に光と闇とを併せ持っている。 
大事なのはどちらの側から行動を起こすかをしっかりと選ぶこと。 
そこに、その人の真の姿が現れる。」

https://www.azquotes.com/quote/512291

 (こちらの本↓からの引用だそうです。)
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上に挙げた言葉は、あなたが以前のような元気を取り戻し「もう大丈夫!」と言える日が来るまで、心の片隅にでも置いておいて欲しい。


人間ならば誰だって、心の奥底に魔物の一匹や二匹、棲まわせていて当たり前だよ。
むしろそうした魔物が全くいない方がおかしい。
...ただ、その魔物をどのように手懐けるかは、われわれ一人一人の選択に委ねられている。
誰かの性質を知りたいと思うなら、その人が「内なる魔物」をどう扱うかを観察すればいい。
そうすれば、その人本来の姿がくっきりと浮かび上がってくるんじゃないかな。


「サイコパシー(精神病質)」など見たことも聞いたこともない。
かつてはあなたにもそんな穏やかな時期があったはず。
何もかもが順風満帆。平和そのものだった。
あの頃の自分を思い出してごらんよ。
人からほめ言葉をもらった途端に、意地悪な気持ちがふつふつと湧いて来て...などといったこと、果たしてあっただろうか?
誰かに親切にしてあげた直後、「こいつ、ひとつ操ってやるかな」という腹黒い考えが頭をよぎったこと、あっただろうか?
何か善いことをしても「見返り目当てでやっただけ。でなけりゃ、バカバカしくてやってられないよ。」と内心思っていたこと、あっただろうか?


僕の読みが正しければ、答えは全てNO!だろう。


あの、邪悪さの権化との接近遭遇さえ避けられていれば、あなた本来の素直さが損なわれることもなかった。
ひょっとしたら今でも当時と変わらぬ無傷の状態を保てていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。奴と出会ったからね。
その後あなたが疑心暗鬼へと変貌してしまったのは、結局あいつのせいなんだ。


しつこくなるからそろそろ止めよう。
とにかく、あなたはサイコパスではない。
しかも、サイコパス化したことなど、ただの一度だって無かったのだ。


深く傷ついたあなたの魂も、いつかは完全に癒される日が来るだろう。それが自然の流れだからね。
しばらくの間はバランスを失い、起き上がれない状態が続くかもしれない。
でも、共感能力、そして感情が以前のような活発な動きを見せるようになった暁には、自分の力で自分を立派に立て直せるようになるはずだ。


あいつと一緒にいることで、知らず知らずのうちに
「ほめ言葉や注目は、相手を潰すための武器として使える」
との歪んだ考え方に毒されてしまったのかもしれないね。


ただ、あなたのような人に関して言えば、他人からの賞賛を浴びたり、注目を集めたりすれば多少舞い上がりはしても、それが引き金となってサイコパスへと豹変する、といった展開は全く想像できない。
ごく普通の健全な人々からほめられたり、注目されたりするチャンスはこれからもちょくちょく巡ってくるだろう。
そうなったら今以上に「ほめられ上手」・「受け取り上手」になりたいものだよね。
すぐにはできないだろうけど、少しずつ変えていくといいよ。


まぁ、あんな奴に操り人形同然にされ、さんざんひどい仕打ちを受けたんだ。
もし誰かに好意を寄せられたとしても、今はとても受け止める余裕が無いかもしれない。
優しい言葉をかけられたとしても「何か裏があるんじゃないだろうか、この人。」と、ついつい相手の意図を勘ぐりたくなるだろう。
それはよくわかる。


でも、本来のあなたに似つかわしい好意、賞賛、注目といったポジティブな類のエネルギーが寄せられた時に、不幸せな過去を盾にしていつまでも拒み続けるのって、あまり得策じゃないと思うよ。
いつかはけりを付けるべきなんだ。
でなけりゃ、前には進めない。


そう。
あなたはサイコパスじゃない。
サイコパスどころか、むしろその対極に位置する人だ。
そもそも「私、サイコパスなんだろうか?」と自分を疑うこと自体、あなたが「サイコパスではない」ことを何よりも雄弁に物語っているんだけどね。
ここまで説得力ある証拠、そうそう無いよ。


なぜかって?
本物のサイコパスだったら、自分自身の性質に疑いの目を向け、悶々とする...なんてことはまず、無いからさ。
絶対にあり得ない。


2018年11月7日水曜日

【境界線(バウンダリー)】の発見

3.【境界線(バウンダリー)】の発見


悪びれもせず、浮気。
嘘を吐いては、罵詈雑言を連発。
人を操り、さんざん混乱させておきながら、後は知らぬ存ぜぬの一点張り。
いずれも「加虐者(abuser)」にはありがちな行動だ。


我慢に我慢を重ねてきた被害者も、これ以上は無理、というところにまでとうとう追い詰められた。
勇気を振り絞り、いざ反撃に出ようと身構えたのも束の間、どういうわけだか妙に後ろめたい気持ちになってしまい、思うように言葉が出て来ない...。
よくある話だ。思い返すと今でも胸の奥がざわざわとかき乱されるよね。
もういい加減に手放そうよ、こんな不愉快なモヤモヤは。
そして少しでも心を軽くしようじゃないか。


【境界線(バウンダリー/boundaries)】。

これは、他人と自分との間に引くべき「ある一線」のことだ。
健やかな毎日を送りたいのであれば、他人と自分との間に「ここから先は一歩も入らせないぞ」という【境界線】を設けることが必要不可欠なのだそうだ。



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※以下太字部分、上のリンク先・特定非営利活動法人アスクhttps://www.ask.or.jp/ のHPより【境界(線)/バウンダリー】についての解説文を一部引用。 
「境界には大きく分けて、体の境界と、心の境界があります。私たちは他人があまりに自分の体に近づくと、不安・不快になります。満員電車でストレスを感じるのは、体の境界を侵されているからです。
境界は、人によって違います。
あなたが『ここまでならOK』と感じるところ、それがあなたの境界です。(…以下略…)」
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たとえば、一人の人物が近寄ってきて、ずかずかと他者の境界線内に足を踏み入れてくる、といった場面を思い描いてみよう。
この人物、わざわざ意図して相手の嫌がることをしているように見える。おまけに、罪の意識などこれっぽっちも無さそうだ。
今度このような人物に出会ったら、「あ、この人は加虐者だな」と判断してもいいだろう。


多分、これまであなたは

【他人と自分との間に境界線を引く】

といったこととはほとんど無縁の人生を送ってきたのだろうね。
実際、サイコパス被害のサバイバーに話を聞くと、
「自他の【境界線】なんて話、初めて聞いた」
「他人と自分との間に【境界線】があるなんて。今まで全然意識したことなかった」
などと語る人が少なくないんだ。


確かに、例のサイコパスと関わったことで、あなたは「大はずれくじ」を引いてしまった。
でも、見方を変えれば、奴との接近遭遇があったからこそ、今、こうして【境界線】の考え方を発見できた、とも言える。
奴とのことがきっかけで新しい学びの機会がもたらされた、と解釈することもできそうだ。
あれはあれで、一種の「当たりくじ」だったのかもしれないね。
まぁ、ここまで有難みの無い「当たりくじ」は相当珍しいけれども。



人によってはこの「境界線を設ける」という作業を「健全な自己愛(ナルシシズム)」という言葉で表現しているようだが、僕としては

【自尊心(self-respect)】

と結びつける方がよりふさわしいのでは、と思う。

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「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。他者の期待など、満たす必要はないのです。」

※以上太字部分は、ダイヤモンドオンライン「嫌われる勇気──自己啓発の源流『アドラー』の教え」より引用。
(アルフレッド・アドラーの心理学を対談形式で解説した大ベストセラー「嫌われる勇気」に登場する「課題の分離」=あなたはあなた、私は私、線引きをきちんとしないといけないよ...という部分。【境界線(バウンダリー)】とほぼ同じことを表現しているように思えませんか?ーーー訳者。)
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ここで僕らはひとつ問題にぶち当たる。


今、【境界線】【自尊心】という単語を聞かされて、あなたはどんな印象を持つだろう。
自分とは全く関係の無い言葉にしか聞こえないんじゃないかな。
まるで遠く離れた異国の言葉のように、よそよそしい感じがするんじゃないかな。


だとすると、こうして学んだ内容をいざ実践に移そうと意気込んでみたところで、
「...うーん。境界線、ねぇ。ピンと来ないな~。大体私、ここまで自己中で無神経なこと言えるような人間じゃないと思うんだけどな~。」
と、かえって途方に暮れてしまうのではなかろうか。


勘違いしないで欲しい。
あなたは嫌な奴になってはいないよ。だから、心配しないで。
今までずっと「ドアマット」(注)の役ばかり演じていた自分に、はた、と気付いてしまったんだよね。
「こんな役、やめたい」とあなたが本気で思うのならば、自主的にアクションを起こす、つまり自分から役を降りる以外に道は無い。
自分らしさを押し殺してつまらない役ばかり演じるのは、もう懲り懲りだろう?
【訳注:ドアマットdoormat=他人からいいようにあしらわれてひどい目に遭わされる人のこと。】

あなたの心がよりたくましく、強くなっていくにつれて、腐れ縁的な友人関係や、マイナス面ばかりの人間関係は次々と行き詰まり、遅かれ早かれ崩壊する。用済みとなった人は去るだろう。
こうなったら、流れは明らかに良い方向へ向かっていると見ていいよね。
ただ、あなたにはそれがまだはっきりとわからない。
だから、時には「回復するのはいいんだけど、何かこう、最近、ついてないんだよなぁ...誰かから罰せられているような気がする。」と愚痴の一つや二つもこぼしたくなるかもしれないね。


違う、違う。
罰なんかじゃないって。


あなたはようやく

【健全なものだけを自分の人生に招き入れる】

ことを自分自身に許せる段階にまで上がって来れたんだよ。


取り込むのは健全な物や人だけ。それ以外は拒否してOK。
そこまでの自由を、やっと自分に許せるようになったんだ。
あなたの心がそれだけ強く、たくましくなったんだね。


ともかく、自分と他人の間には【境界線】をしっかりと引いておくに越したことはない。
それであなたがサイコパス化したり、自己愛過剰になったりすることはまず無いよ。心配ご無用。


それから、誰かのために何かをしてあげた場合に、与えた分と釣り合うだけのお返しを相手からももらいたい、と要求するのはごく当たり前のことさ。
これは別にサイコパス的でもなければ、自己愛過剰でもない。


だって、あなた自身はごく普通の、生きた感情を持つ一人の人間じゃないか。神様なんかじゃなく、ね。
なのに、これまであなたの周りにいた人達ときたら、あなたに「ごく普通の人間」以上のことをやってみせろよ、と、無茶苦茶な期待ばかり押し付けてきただろう?
...「先回りして気を配り、何から何まで面倒見てくれるような世話係」の役柄を、いつまでもあなたに演じていて欲しかったんだろうね。
その方が彼らにとっては好都合だから。


いつも他人に振りまわされる人のための366個の言葉
メロディ・ビーティ  Melody Beattie 翻訳:川口衆
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(「共依存 co-dependency」を扱った本の著者ではおそらく最も有名なアメリカ人心理療法家、メロディ・ビーティ/Melodie Beattie。
境界線の問題で苦しんだことのある人ならば、共感できるようなメッセージがきっと見つかるはずです。英語も平易なので、こちらもおススメ。)



かつてあなたの周りにいた人々のこと、思い出してみよう。
彼らは、あなたがより健全な、新しいやり方を取り入れようとする度にいちいち邪魔しては来なかっただろうか?
彼らと話した後はいつも、心の重みが増してはいなかっただろうか?
そうした経験が度重なると、
「やっぱり、私もサイコパスなのかな?血も涙も無い、冷血漢なのかな?」
(まさか!)
といった具合に、あなた自身も自分のことを疑うようになっていくんだよね。


全ては「条件付け」の成せる業なんだよ。
あなたは彼らが仕掛けた「条件付け」の罠にはまり、「悪いのは私」と思わされていただけさ。
「私はサイコパスかもしれない、私には思いやりが無い」と、自分を責めるようなな物の見方をするように、彼らによってそれとなく導かれていたに過ぎないんだ。


違うよ。
あなたはサイコパスじゃない。
冷酷非情な奴でもない。


いいかい。
奴らはね、とにかく自分の思い通りに好き放題やりたいだけなんだ。
そんな奴らにとって一番大事なのは「現状を維持すること」。
なぜかって?
既に出来上がっている上下関係を崩さずにそのままキープしておくのが、連中にとっては何よりも都合が良いからだよ。
だからこそ、その現状を揺さぶりかねないあなたを危険だと思い、罪悪感を植え付けたのさ。
現状を脅かす者は、それが誰であろうと容赦はしない。
闘う。倒す。
それがあいつらの流儀なのだ。


もちろん、こんな人間関係はあなたにとっては不快なだけだ。
だからこそ、自分と他人との間に【境界線】をしっかりと設定することがとても重要となってくるんだよ。これ以上カスのような人間関係に引き込まれないためにもね。


他人との間に適切な【境界線】をきちんと引けるようになれば、自分に合う人・合わない人を見極めるのもだんだん上手になっていくはずだよ。


大丈夫、大丈夫。
少々きつめの口調で相手を責め立てたとしても、あるいは「もう少し私のことを大切にして!」と主張したとしても、そんなささいな理由であなたがサイコパス化するなんてこと、まずあり得ないよ。


むしろ、そうした自己主張のスキルをもっと向上させることで、あなたはさらに強くなる。
今以上にたくましい人へと成長できる。


毅然とした態度が板につくまで、何度も何度も繰り返し練習していけばいい。
そうこうしているうちに、あなたの心の奥深くで長い眠りに落ちていた勇気も、いずれは目を覚ますだろう。
そうなったら、本格的な活動再開へと向けてぼちぼち動き出すんじゃないかな。