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2019年6月5日水曜日

無邪気さの消失【1】

無邪気さの消失

症状:深い悲しみ、哀惜の思い、寂しさ、現実受容、世界を新たな角度から見直し、希望、知恵のひらめき。

悲しみと鬱状態。
この二つを同じものとして扱ってはならない。


絶望と恐れとに乗っ取られ、精神が麻痺したような状態。
それが【鬱状態】だ。


一方、【悲しみ】という言葉からは、そこはかとなく美の香りが漂っては来ないだろうか。
ところが【鬱状態】の方にはそれが無い。
美的要素があるか、無いか。
ここに着目すれば、【悲しみ】と【鬱状態】とを区別するのはそう難しくはない、と僕は思う。


今やあなたの魂は再び息を吹き返し、新たなる一歩を踏み出そうとしている。
この時期のあなたには【鬱状態】よりも【悲しみ】という言葉の方がむしろ似つかわしい。


嘘偽りの無い、本物の【悲しみ】が次々と波のように押し寄せて来る。
そんな自分に気付けたら、「よくがんばったね」とねぎらってあげよう。
ここまで来ればもう大丈夫だ。
長い長いトンネルの出口はすぐそこにまで迫っている。光が見えてくるのも時間の問題だろう。


空っぽで不毛な心にも、しくしくと痛む古傷にも、そろそろさよならしていい頃だ。
少しずつで構わないから、心の準備だけはしておこう。
いつ何時、次のステージに移行せよとの合図が出ても慌てなくて済むように。


あなたの「ソウルメイト」は死んだ。
嘆いてばかりいても仕方がない。今さらどうにもできやしないのだから。
後ろばかり振り返るのもいい加減止めにして、歩かなきゃ...。
覚悟を決めて、あなたはようやくここで自分と向き合う。
そして再び喪の哀しみへと引き戻される。
「二度と戻って来ない」のは、あいつだけではなかった、と気付いたからだ。
そう。【一昔前のあなた】もまた、永遠にこの世から消え去ってしまった。


以前は暇さえあれば奴のことばかり考えていた。
なのに、ある日を境に今度は「失われてしまった自分」の方へと急に関心が向き始めた。
───サイコパスと出会って、別れて、一体どれだけのものを失ったのだろうか。
幾度も幾度も同じ疑問文が頭の中を回り続ける。


ほとんどのサバイバーは口を揃えたかのようにこう答えるだろう。
「たくさん」。

友人関係。
お金。
仕事上のチャンス。
自尊心。
健康。
人間としての尊厳。
人により「損失」の内訳は違うけど、相当の痛手を負った、という事実はサバイバー全員に共通している。


だけど、上に挙げたような「損失」にしたって、実はあなたが思うほどダメージは大きくないんじゃないかな。
なぜかって?
後から取り戻そうと思えば、どうにかして取り戻せる可能性のあるものばかりだからさ。


あなた自身が一番根っこの部分へと立ち返り、本来のあなたらしさを取り戻していくにつれて、全てが「収まるべきところに収まる」はずだ。
だから焦らない方がいいよ。
バラバラになっていたパズルのピースも、本来の場所に戻りさえすればぴたっときれいに収まって、最初からずっとそこにあったかのように見えるだろう?
あなただっていつかはそうなる。自然に事が運ぶようになる。


以前と比べて明らかに良くなる部分もあるだろう。
その最たるものが対人関係だ。
少し前だったら考えられなかったような人々と親しくなるかもしれない。
付き合う人々の質は明らかに変わってくるだろう。


だが、たった一つだけ、あなたがどう頑張ったところで絶対に取り戻せないものがある。


かつてのあなたが持っていた無邪気さ(innocence)だよ。

Image by Free-Photos at Pixabay

断っておくが、僕はこの

「無邪気さ(innocence)」

という単語に

「無知(ignorance)」や「世間知らず(naivete)」

のような、相手を蔑むようなニュアンスを込めるつもりは全く無いからね。
どうかそこだけは誤解しないでもらいたい。

【訳注: innocenceは純真無垢、天真爛漫、汚れの無さ 
...といった訳が当てられているように、プラスイメージの強い単語です。
「邪悪さとは一切無縁=>邪気が無い=>無邪気」 
と理解すればいいでしょう。】

ここでの「無邪気さ(innocence)」という単語は

【人間ならば誰だって、ひとつぐらいは長所があるものだ】という性善説に基づく思い込み
という意味で理解してほしい。
相手の言動をできるだけ良い方に解釈してあげようとする善意
と置き換えることもできるだろう。


誰かを信じ、愛し、身も心も全て惜しみなくその人へと捧げ尽くす。
それが「無邪気な人」にありがちなパターンだ。

【過去記事:「信じやすい心」 「「良く言えば柔軟性に富む、悪く言えば流されやすい」。
そうした傾向が自分の中にある、という事実は覚えておこう。

実は、あなたのような人達は、他の性格タイプと比べても催眠による暗示や、他者からの意見といったものからの影響を相当受けやすいんだ。一つ間違えば命取りとなるからね。気を付けて欲しい。」
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/10/blog-post_19.html


様々な修羅場をくぐり抜けたことで、あなたはすっかり変わってしまった。
以前のようなおめでたい人間観からは卒業だ。


人を疑うということを知らず、まるで無邪気が服を着て歩いていたような人。
そんなかつてのあなたは、もう二度と戻って来ない。

2019年5月18日土曜日

トラウマ体験と二つの世界【後編】

【※前編はこちらです。
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2019/05/1.html 】

それから、しがらみや惰性だけで続いているような人間関係だけど、この際思い切って整理してみてはどうかな。
無理に長引かせたところで、今のあなたには何のプラスにもならないよ。
薄っぺらい世間話ではなく、価値観の近い人達と一緒にディープな人生談義を楽しみたい。
それがあなたの本音なんだろう?


以前は楽しかったはずの集まりなのに、最近は物足りなさを覚えることが増えた。
居心地もあまり良くないことだし、いっそ早めに引き上げるとするか...。
これもまた、この時期にはありがちなことだ。


というのも、あなたにとっての

「サイコパシー」
「共感能力」

はいくらでも話し続けられる、非常に興味深いトピックだよね?
いつでも誰とでも、きっかけさえあれば語り合うだけの準備はできている。
だけど、そうした話に乗ってくれるような人って案外少ないものだ。
できることならば怪しげな話題は極力スルーで行きたい。
そう考える人の方が世間では「普通」とされているんだよ。


【なぜあそこまで無関心でいられるんだろう、あの人たち。全くもって信じられない...。】
あまりにもそっけない彼らのリアクションを前に、とにかく腹が立って立って仕方がなかった。
読者の中にも、そのような経験をした人が多分いるんじゃないかな。


ほらほら、またもやあなたのど忘れ癖が出てしまったようだね。
世の大部分の人々は、外の世界と自分とを隔てる【バリケード】に守ってもらって心穏やかに暮らせればそれでいい、余計なことはしなくていい、と思っているものだ。
キナ臭い話なんてごめんだ、勘弁してくれよ...。
口に出さなくても、内心そう感じている人の方が圧倒的に多いだろうね。


サイコパス?
共感能力?
あ~、またその手の話か。めんどくさそうなことにはあまり首つっこみたくないんだけどな~...。
返ってくるのは、このような反応がほとんどだ。


だからと言って、彼らを「冷たい」と非難するわけにもいかないだろう。
あなた自身も、かつては彼ら同様【バリケード】内側の住人だったのだから。


【現実/外】の世界と、【魂/内】の世界。
二つの対照的な世界の間を振り子のように揺れ動きつつ、あなたはしばし考える。
いつになったら楽になれるのか。出口らしきものはまだ一向に見えてこない。
そもそも自分の中に二つの人格が同時に居座る、なんて奇妙な現象さえ起こらなければ、ここまでややこしいことにはならなかっただろうに...。


いいかい。
どれほど頑張ってみたところで、サイコパス体験以前のあなたを取り戻すなんてもう不可能なんだよ。
明るく前向きで純真無垢だった、あの頃。
今の様子からは想像もできないけれど、かつてのあなたは無邪気そのものといった感じの人だった。
その人はもう二度と戻らない。永遠に失われてしまったも同然なのだから。


だが、もがきや苦しみの背後で、とある大きな変化が起こりつつあることにあなたは気付いているだろうか。
以前と比べてみて、他人との間により風通しの良い、健全な関係が築けてはいないだろうか。
そればかりではない。
他人との間にバウンダリー(境界線)を引くことも、最近ではそれほど難しいとは思わなくなった。
自分を粗末にしてはいけない、ということだってしっかり学んだ。
「欠点だっていっぱいあるよ。でも、良いところだってたくさんあるし!」と、自分自身に正当な評価を与えられるようにもなった。


で、ある時あなたは突然悟る。
「なんだ、自分を防御するための【バリケード】なんて結局は必要なかったじゃないか」と。
まさにこれこそが「目からウロコが落ちた」瞬間だ。


この先も引き続き観察を続けていけば、その気付きが確信へと変わるのもそう遠くはないだろう。
あなたの言う通りさ。
世界と僕らとを隔てる【バリケード】なんて要らなかったんだ。
そんなものの助けを借りなくったって、僕らは充分自力でもって幸せになれるのだから。


そもそも【自尊心(self-respect)】って何だろう。
自分(self)のことを尊重しよう(respect)、という気持ちのことだよ。読んで字のごとし、だけど。
一体どこから来るかって?
もちろん、僕らの内側に広がっている世界からやって来るに決まっている。
宇宙は実によくできているものだ。そう感心せずにはいられない。
だって、聞こうとする耳を持つ者にはちゃんと答を差し出してくれるんだよ。最高に粋なはからいだと思わないかい?
(それって、裏返せば
「どれほど待ったところで、聞く耳を持たぬ奴のところには答なんてやって来ないよ」という意味にもなるよね。)


これからのあなたは、今まで以上に素のままの自分を受け入れられるようになっていく。
自分がもっと好きになる。
そういう流れにうまく乗れれば、もうこっちのもんだ。

【確かにあのトラウマ体験から受けた被害は甚大だった。
でも、全壊という最悪のシナリオからはどうにか逃れられたじゃないか。
だからこうやって今、再び立ち上がって歩き出せるんだ。】

との結論へとそのうちたどり着けるんじゃないかな。


あなたの【バリケード】は跡形もなく崩れ落ちてしまった。
でも、そこで思いがけず視界が開けたことで流れは変わった。
もしバリケードが崩れ落ちていなければ、忘れてかけていたもう一つの世界...つまり、人類全体を内包する大きな世界...へと続く連絡通路を再び見出すことなどできなかっただろう。


驚きいっぱい、元気いっぱいの瑞々しい子ども心についても、ここでようやく生存確認をすることができた。
どうやら心の奥深くにある目立たぬ場所で長いことひっそりと身を隠していたらしい。
行方知らずで一時は心配したけれど、結局は一歩も外へ出ることなく、あなたの中に留まっていたんだね。
よかった、よかった。


Image by pixel2013 from Pixabay

もうここまで来れば大丈夫だろう。
あなたはこの二つの世界...【現実/外の世界】と【魂/内の世界】...を自由自在に行き来できるようになったんだよ。
一回り大きく、そして賢く成長できた今、あなたは二つの世界を代わる代わるに訪問できるようになった。
これからは、普段の何気ない暮らしの中にもいろいろな楽しみを見出していくことだろう。


他人の心の痛みがまるで自分の痛みであるかのように感じられる。
そうしたあなたの特殊な感受性は、使い方を誤りさえしなければ今後の人間関係作りに大いに役立てられるはずなんだ。
一つ一つが味わい深く、非常に意義深い。これからはそういった縁を結んでいければいいよね。


あなたの才能は唯一無二のオリジナル。だからもっと自信を持って欲しいんだ。
たとえ他人が真似しようと試みたところで、そう簡単に真似できるものではない。


もちろん、僕もあなたも生身の人間だ。
時には心がざわついたり、荒れ模様になったりする日だって巡ってくるだろう。
そういう時は世界の片隅へと避難して、落ち着きを取り戻すようにしよう。静寂を友として、静寂の声に耳を傾けるんだ。
一人の時間が増えても、もう怖がる必要などないよ。
だって【一人の時間】イコール【もう一つの世界】で過ごす素敵なひととき、となるのだから。
楽しくならないわけがない。


あと、僕としては、トラウマ体験を乗り越えてきた全てのサバイバーたちにどうしてもこれだけは聞いてもらいたいんだ。

【あなたはダメ人間なんかじゃないよ!】

ダメ人間だなんてとんでもない。
素晴らしい人だよ、あなたは。
何が何だか訳がわからないまま、理不尽そのものといった状況へとただ引きずり込まれただけさ。
それでも必死に歯を食いしばり、諦めることなく最後まで頑張ったよね。
純真無垢さを強引に剥ぎ取られ、貶められ、そして遂には汚されて...という体験は想像を絶するような凄まじいものだったけど、でもどうにかここまで立ち直って来れたじゃないか。


耐え難い屈辱を受けた。これは間違いない。
でも、本来しっかり者のあなたのことだ。転ばされたってただでは起きないと思うよ。


辛い体験と引き換えに、あなたは【知恵 wisdom】というかけがえのない宝物を授かることができた。
数年、数十年、一生涯という時間をかけたというのに【知恵】に触れもかすりもせずに人生のゲームオーバーを迎えてしまった、という人々だって世の中にはごまんといるのにね。


当時を振り返ってみると、よみがえるのは辛い思い出ばかり。
でも、あれが「人並み外れた」特殊な経験だったことだけは間違いない。
宇宙というレストランがあなたのために用意してくれていたのは、どこにでもあるような無難な定食メニューではない、いささかスパイスが効き過ぎた、相当クセの強い味付けが施された特別仕様の一皿だったのかもしれないね。


これだけは覚えておこう。
僕らの住むこの世界には【魂/内の世界】と全く接触を持つことなしに一生を終える、といった類の人々も掃いて捨てるほど存在している。
もちろん例のサイコパスもその一人に含めていい。
まぁ、奴らの場合、【魂/内の世界】から出入り禁止と言われたも同然だしね。無理に押し入ろうとしたって、勢いよく弾き出されるのはまず間違いないよ。


だからこそ、奴らは共感力に富むあなたのような人間を忌み嫌うのさ。


自分にはどうしても手が届かないものがある。
なのに、あなたはそれを既にたくさん所有している。
この不愉快極まりない事実にぶち当たるたびに、サイコパスは地団太踏んで悔しがり、癇癪玉を爆発させずにはいられない。
奴らにはこの現実世界という修羅場でせいぜいもがき苦しんでもらおうじゃないか。
人生最期のお迎えがやって来るその日まで、俗世間の垢にまみれ、汚れ、七転八倒し続けてもらう。それがベストだろうね。


あの手の連中は、「魂の奥深いところで壮大な宇宙とのつながりを持つのが大切...」なんて話を聞いても鼻先でせせら笑うことしかできないだろう。
薄っぺらく生きて、薄っぺらいままで死ぬ。
所詮その程度の奴でしかないんだよ。


【現実世界】の中にいきなり【魂の世界】の一部がすぅっと入り込む。
読者の中に、そのような不思議体験をした人はいないだろうか。
僕自身、実際にこうした感覚は何度も味わったことがある。
だから「そういう世界は確かにあるよ。」ってきっぱりと言い切れるんだけどね。
似たような体験をしたのは決して僕一人だけではないと思うよ。


特にこれといった理由も無いのに、心が悲しみで圧倒される、ということがある。
でも、これ、他の誰かの悲しみが僕らの心の中に入り込んだだけなのに「あ、自分は今悲しいんだな」と僕らの方で勝手に勘違いしているだけなのかもしれない。
友人が大喜びしている時なども同様だ。
別に自分に良いことが起こったわけでもないのに、なぜか友人につられて自分まで気分が高揚してくる。で、いつしか心がすっかり幸せで満たされている。
考えてみればこれも不思議なことだね。


それから、「奇妙な偶然の一致」という言葉でひとくくりにされる諸現象がある。自分と同じ瞬間に、別の誰かも全く同じことについて考えを巡らせていた、という、これまた奇々怪々な現象だ。
でもこういう話は誰でも一度や二度耳にしているのではないだろうか。


そのような不思議な出来事を何度も体験してしまうと、僕らの目に見えようが見えまいが、【魂の世界】はこの世のどこかに確実に存在しているのかもしれないな、との結論にどうしても行き着かざるを得ない。


巨大な【魂の世界】側の視点から物事を見るならば、みんなを一つの大きな【つながり】でもって結びつけることだってできるよね。
そう、実はみんながつながっているんだよ。
今僕の本を手にしてくれているあなたも、そして著者である僕も、誰もがつながっているんだ。


【二つの世界】...つまり、【現実/外の世界】と、【魂/内の世界】が混ざり合って一つになったとしたら、果たしてどんなことになるだろう。
少しだけ想像してみようか。


融合後の新世界では、感情も、思いやりの心も、何一つとして修正を加える必要が無いから、ごく自然な、素のままの姿で存在することができる。
そこでは僕らの魂もまた、さながら鳥のように翼を広げ、大空高く舞い上がり、喜びの歌を高らかに歌うことができる。
とはいえ、悩みや苦しみといった茨の蔓(つる)でがんじがらめにされ、動けなくなった人も所々では見かけるかもしれない。
そんな時は、彼らの痛みにそっと寄り添ってあげよう。
虐待から回復しつつある人の歩みはまだまだぎこちない。
完全回復に至るまでには時間、そして周囲の人々からの応援がどうしても必要となるからね。力になってあげようよ。


もちろん、新世界にあるのは苦しみや痛みばかりとは限らない。
誰かの心に喜びの感情が芽生える。
すると周囲がそれをいち早くキャッチして、より多くの人々と一緒に分かち合う...。
そんな場面もここでは日常のごくありふれた一コマだ。これといった気負いもなく、自然にそのような流れとなるのも、新世界ではごく普通のことだ。
一人一人のハートからは、明るく、色とりどりの光がさんさんと外に向かって放たれている。
光輝くハートを持つ人の数が増えれば増えるほど、世界はますます美しい場所へと変化していく...。


どう?
「うん、素敵。本当にこんな世界があったらいいな。」
あなたもそう思ってくれるだろう?


もっとも、サイコパスの立場からすると、これほど魅力を欠いた世界も珍しいらしい。
共感能力など少しも持たぬ奴らにとって、共感能力が重んじられる新世界はそれこそ【生き地獄】でしかない。住み心地は最悪だろう。


だからこそ、僕らは手に手を携え、互いの力を合わせて、二つの世界を融合させていかなければいけない。
【現実/外の世界】と【魂/内の世界】。
対照的な二つの世界を融合させて一つの大きな世界を作るんだ。
そうすれば、暗黒人間の活動区域をじわじわと狭めていくことができる。
また、共感力に富む全ての人々に対しては「あなたは素晴らしい人だ、ダメ人間なんかじゃない!」とのメッセージを今後もずっと発信し続けていく必要があるだろう。



とにかく、虐待された事実も、過去の出来事も、あなたが恥じる必要なんて少しもないよ。
悪いのは虐待者。
責めを負うべきはあいつただ一人だけだ。


僕もあなたも、無事に修羅場から離れることができた。
「助かった」というこの事実にも、何かしらの意味があるのではないだろうか。
どうもそんな気がしてならない。


そう、全てはまだ始まったばかり。
本当のお楽しみはこれからだ。








2019年5月3日金曜日

トラウマ体験と二つの世界【前編】

回復へと向かう道の途中では、さまざまな現象が起こる。
中でもとりわけ気味が悪いのは

【自分の中に人が二人いるみたい】

という感覚ではないだろうか。


「自分の中に全くタイプの違う人格が二つある」といった異様な感覚、と言い換えてもよいかもしれない。
人格No.1は明るく、他人を簡単に信頼してしまいがちな、虐待前のあなた。
人格No.2は、虐待で身も心もすっかり疲弊し、被害妄想の囚われ人と化してしまった現在のあなた、だ。


Image by Pixabay

この背後にもきっと何らかのメカニズムが働いているに違いない。


よりわかりやすくするために、ここからは

【あなたの中に二人の違った人がいる】

ではなく、

あなたの中に【全く異なる二つの世界が同居している】

と、少しだけ表現を変えて話を進めていこう。


まず、あなたが日頃見聞きする世界というものがあるよね。
いわゆる【現実世界】のことだ。


だが、この【現実世界】とは別に、全く性質の異なる世界、すなわち

【自分の心の内側でしか感じ取ることができない世界】

も同時に存在している。
これには大多数の人が同意してくれると思う。


人間は【心の内側に広がる世界】へと足を踏み入れることによってはじめて、全宇宙、生きとし生ける全ての存在との特別なつながりを体験できるものだ。
遠い昔、幼い頃の僕らは特に誰かから教えられたわけでもないのに、両方の世界を一人で上手に行き来していたのではないだろうか。



だが、「大人」への階段を上り始めると、そうした世界との付き合い方も変わらざるを得ない。
社会という小さな枠組みに自分を合わせる必要に迫られて、入りびたるのはもっぱら【現実世界】の方だけ、となっていく。
【現実世界】にどっぷりはまればはまるほど、もう一つの静かな世界、つまり【心の内側に広がる世界】は僕らにとって縁遠い存在となる。


そんな自分の偏り具合を知ってか知らずか、僕らは少しずつ自分の周囲に頑丈なバリケード(防塞)を築き始める。
迫り来る外敵から自分を守らねばならないからね。
社会の中での定位置が大体決まれば、その場所ぐらいは極力安心して過ごせるようにしておきたい。
そう考えるのは人間の性(さが)というものだ。
だから、ガードもますます固くなる。緩まる気配など全く見えない。


不安。虚栄心。挫折。
多少の傷など気にするな。かっこ悪いことも、恥ずかしいことも、バリケードを高くしておきさえすれば、何とかなるさ。
要は外から見えなきゃいいんだろう?...


こうした生き方が身に付くと、他人や物事をうわべだけで判断することにいささかの抵抗も覚えないような、薄っぺらな人間になってしまう。
【心の目で見る】ことなど、すっかり意識の外へ吹き飛んでしまったかのようだ。
気分は上々。今が良ければそれでいいのだ...。


それにしても人間というのはつくづく哀れな生き物だ、と思う。
この世に生まれ落ちたその瞬間から、保身用のバリケードをせっせと作らないではいられないのだから。
バリケードは毎日僕らに向かって「強くなれ」と叱咤激励し続ける。
ただ、それはあくまでも【現実世界】の好みにかなう、形だけ・表面だけの「強さ」を身につけよ、というだけのこと。
内面からにじみ出てくる正真正銘の強靭さとは似て非なるものである。


今まで生きてきて、何もかもがうまく運んだ、悪いことなど一つも無かった、などと言える人は、世界広しといえどもそう多くはいないだろう。
ある程度の人生経験があれば、誰だってそのぐらいはわかるはずだ。
災難、喪失、傷心...。
生きる、というのは数多くの困難をくぐり抜けていくことだ。
困難に見舞われるたび、僕らが頼りにしている鉄壁の【バリケード】はあちらが削られ、こちらが欠け落ち、またあちらが砕かれて...といった具合に、ダメージを被る。
元の立派な姿は徐々に失われ、みすぼらしさの方が目立つようになっていく。


とはいえ、人生もはやこれまでだ、どうせ残りは消化試合だし、なんて早々と諦めてはいけない。
だって僕らの人生・第二幕はまさにここから先が一番の見せ所なのだから。
苦労を重ねて多くのことを学んだおかげで、以前なら見向きもしなかったもう一つの世界...【心の内側に広がる世界】...との失われたつながりを、ようやく僕らは取り戻し始める。
もう焦ることはない。急がなくてもいい。一歩一歩進めばいい。
前よりも随分と賢くなった。世間の荒波にさんざんもまれたけれど、それは決して無駄ではなかった。
以前とは違い、周囲の人々にも慈愛のこもった眼差しを向けられるようになった。


「ああ、あれは完全に若気の至りだった...」
「随分とバカなことやったもんだ。我ながら呆れるよ。」
思わず赤面することも、首をひねりたくなることも山ほどあるが、今となっては結果オーライ。一つ一つが味わい深い思い出だ...。


...と、まぁ、これが大抵の人にとっての典型的なパターンではないだろうか。
(少なくとも僕の想像ではそういうことになっている。)


ところがそうした「人生再起動」の構図の中にトラウマ(心的外傷)体験が紛れ込んで来るとなると、話はややこしくなってくる。


僕らを襲った数々の「苦難」は、「サンドペーパーであちらこちらを徐々に削り取られるような...」といった詩的表現がぴったり来るような生易しいものではなかった。
常人の想像が及ばないくらいの、激烈極まりない体験だった。
なにしろ、自分を守ってくれるはずの【バリケード】が一瞬にしてガラガラと音を立てて崩れ、全てが無に帰してしまったのだからね。


頑丈な【バリケード】さえあれば、自分をしっかり守れるはずだ。
そう考える人は決して少なくはない。
だが、あなたの場合は、そもそも築き上げたバリケード自体が大して頑丈ではなかった。
元々が脆弱だったからこそ、奴からきつい一撃を食らっただけでいとも簡単に崩落し、以来再建のめども立たず、というむごい結果になったのではないだろうか。


相手から無慈悲に切り捨てられて、バリケードが完全に崩れ去り、無防備な状態でいる。
それが今のあなただ。
だからこの時期は自分の発言や行動にも細心の注意を払わなければならない。
些細なことで他人に当たり散らしたり、はたまた他人を傷付けたり、ということをうっかりとやってしまいがちなんだよね。
慎重になるに越した事はないよ。


あなたは今、他人のやることなすこと全てに対して神経過敏になっているんじゃないかな。
これ、傍から見ていて実に危なっかしいんだよね。
そもそも、自分が一体何をやっているのか、あなた自身もよく把握できていないんだろう?
(もっとも、「何をしているのかよくわからない」という状態はかなり前から続いていたよね。別に昨日や今日始まったことではない。)


他人にべったり寄りかかる。
一人になるのが耐えられない。
辛かった頃の話に耳を傾けてくれそうな人がいれば、誰彼構わず捕まえて、思いっきり愚痴を吐かせてもらう...。
近頃、そういった行動に出てはいないだろうか。


一方で、以前大好きだった物を見ても聞いても、感情がピクリとも動かない、麻痺したように無反応、ということもある。
これもまた、捨てられ体験を経た人特有の症状だ。
「ああ、そういえばそんな時期もあったっけ...」と、あたかも故人の思い出話でもするかのように淡々と自分の過去を回想する。
昔は良かった。毎日が明るく、楽しく、そして色鮮やかだった。だけど今は違う。何もかもが変わってしまった...。


一体どうすればいいのだろう。
何もかもが「行き詰まって」しまったかのようだ。


でも、「行き詰まった」と言っても、それは一体どちらの世界での話なのだろう。
【現実世界】で、なのか?
それとも【心の内側に広がる世界】で、なのか?


少しずつ傷が癒えるにつれて、あなたの内面にもじわりじわりと変化の波が押し寄せてくる。
ここであなたはようやく、子供の頃に離れたきり一度も戻っていなかった領域、すなわち【心の内側に広がる世界】へと再び足を踏み入れることになる。
驚いたことに、そこであなたを迎えてくれたのは平和、そして安らぎに満ちたすてきな世界であった。


想像力。

霊性。

愛。
もちろんこれは正真正銘、本物の愛のことだよ。


自分アゲアゲ、自分さえよければ他人はどうなろうが関係無い、といったサイコパスならではの、フェイクで嘘まみれな「愛」なんてもう二度とごめんだ。
僕らが本当に欲しいのは、嘘偽りとは一切無縁な、純度100%の本物の愛。
それ以外の「愛もどき」なんて、きっぱりと受け取り拒否でOKだ。


それにしても、あの頃の僕らはあんな奴らに一体何を期待していたのだろうか。
所詮、こちらがどんなに誠意を尽くしたところで、悪臭プンプンの汚物を平気で投げ返して来るようなろくでなしでしかなかったのにね。


今、あなたの心にはぽっかりと巨大な空洞ができているはずだ。
これからは自らの力でその空洞を埋めていこうじゃないか。
持ち前の豊かな共感力と慈悲心とをフル稼働させて、壊れてしまった部分を補修していこうよ。
少しずつで構わないから。


大丈夫。きっとできるよ、あなたなら。
だって、共感力や慈悲心といった素晴らしい性質は、最初からあなたの中にちゃんと備わっていたのだから。
あいつと出会うずっとずっと前から、変わることなく...ね。


2019年3月20日水曜日

恥 ~穴があったら入りたい~

喪失の悲しみを乗り越えていけ、と口で言うのはたやすい。
だが、実際はきれいごとではとても済まされぬ、しんどい作業の連続だということが、体験した人ならばすぐにわかる。
それでもようやく行く手に一筋の光が見えてきた。
まだまだ気を抜くわけにはいかないが。


この段階では、被害者が【恥の感覚】に責め苛まれることが多くなる。
かつての自分自身、そして粉々に砕け散った関係を振り返るたびに、恥ずかしさで胸がつぶれそうになるのを感じる。


なぜ自分はあいつの前であそこまで卑屈になれたんだろう。

「許して、お願い」
「私の言い分も聞いて」

あの情けない自分の姿を思い返すたび、顔から火が出るような恥ずかしさを覚える。
あれほどにまで自分で自分の魂を踏みにじり、ズタズタに傷めつけるような行為ができたなんて、とても信じられない。


しかもあなたは、耳を傾けてくれそうな人がいれば誰彼構わず捕まえて、切々と身の潔白を訴え続けたのだった。
「ねぇ聞いて聞いて、私は悪くないんだってば!」...と。


幾度も頭の中でリハーサルしておいた「解説」、つまり「状況が変わった、もう自分とあの人とは関係無い」というあなたの側からの公式見解だけは、何としてでもみんなに伝えておきたかった。
だから、会う人会う人に破局へと至った経緯をしゃべらずにはいられなかったのだ。


当然、締めの言葉は決まってこうなる。
「最初は『完璧なパートナー』って思えたんだけどね。でも、そうじゃなかった。あの人サイコパスなんだよ。私、虐待されたの。」


これ、大勢の人がついはまりがちな落とし穴なんだよね。
サバイバーの話を聞いても、同じように引っ掛かった人が少なくなかったよ。
どこがまずいかわかるかい?


あなたはいまだに

「なんとしてでも他の人からの承認を得なければ!」

という強迫観念に囚われているんだよ。
あいつから離れてもうかなりの月日が経っているにも関わらず、だ。


右と言ったかと思えば左。白と言ったかと思えば今度は黒。
常にフラフラと揺れ動き、一箇所に留まることなど決してあり得ない。
サイコパスとはそういう人種だ。
かつてのあなたにもあったよね。
奴の顔色を絶えずうかがい、やることなすことにいちいち振り回されていた時期が。


ならばある程度は仕方ないのかもしれない。
当時はあいつが何か言うたびに、あなた自身の自尊感情も上へ下へと激しく揺れ動いていたんだろう?
人の顔色をうかがい、他の誰かに同意してもらうまで落ち着かない、といった悪い癖がいまだに抜けきれないのは、その影響かもしれないね。


承認欲求というのはなかなか厄介な代物(しろもの)だ。
へたに放置して肥大化するに任せてしまうと、後々「穴があったら入りた」くなるような大恥をかくことになるかもしれない。


特に、普段から人とあまりつるむことが無く、前向きに生きている自分のことが好き、といったタイプの人達は注意が必要だ。
後になって恥ずかしい思いをするのが嫌ならば、口は災いの元、しゃべり過ぎは厳禁、と肝に銘じておこう。


他の誰かに同意してもらわないと落ち着かない。
思い切って次の一歩を踏み出すことができない...。
もし、あなたがなかなか前に進めないでいるのがネガティブな思い癖のせいだとしたら、これは問題だよね。
できるだけ早くに捨て去るのが賢明じゃないかな。


サイコパスとの遭遇は、あなたの人生最大の汚点となってしまった。
あいつと出会うまでは人生もそこそこ順調だったのに、突然巨大な黒雲に覆われたかのように全てが暗転。あれから何もかもが変わったよね。


もし、あなたの人生を袋いっぱいのビー玉にたとえるとしたら、今はビー玉が袋からこぼれ出て床一面に散らばってしまった状態、と言えるだろう。
思考も感情もあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
まるで収拾がつかない。
一体いつになったら先の見通しが立つようになるのだろうか。


だけど、そんな状況も永遠には続かない。
いつかは必ず終わりがやって来る。


これからのあなたは、こぼれ落ちたビー玉を一つ一つ、元の袋に収めていくという作業に専念することとなる。
四方八方へと散らばった人生だけれど、ゆっくりと、何ヶ月という長い時間をかけながら、一つにまとめていけばいいんだ。
自分の身に起こった一連の出来事についても、当時のあなたが周囲の目にどう映っていたかも、少しずつクリアーに見えるようになっていくはずだ。

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済んだことは済んだこと。
くよくよ悩んでみたって、今さらどうにもならないよ。
「もういいんだよ」と自分を許し、前へと進もう。
サバイバーの誰もがそうやってこの苦境を乗り越えてきたんだ。


そもそも、あなたに関する事柄にしつこくこだわり続けている人なんて、あなた以外に誰一人としていないんじゃないかな。
いきなり何を乱暴な、と言われそうだけど、ちょっと考えてみて欲しい。
【他の人は大して私のことなんて気にしちゃいない】
おごり高ぶり、いささか自意識過剰気味となった心にとって、これほどよく効く鎮静剤が他にあるだろうか。
そう。世間の人々は、あなたの身の上話などこれっぽっちも気にかけてはいないよ。


人は誰でも心の内側に自分だけの戦場を隠し持っている。
そこで繰り広げられているバトル(闘争)の種類や性質は人によって多少は異なるかもしれない。
でも、一度始めたバトルは最後の最後まで各自が責任持って闘い抜かなきゃいけない。
みんな自分のことだけで手一杯、となるのも当然さ。
好き好んで他人の人生に首突っ込む暇人なんて、そうそういやしないよ。



嘘だと思ったら確かめてごらん。
あなたがうっかり口を滑らした過去の恥ずかしい話、一体どれだけの人が一週間経っても覚えているだろうか?
ほとんどの人はきれいさっぱりと忘れているんじゃないかな。
...あなた自身がわざわざ話を蒸し返す、といった野暮なことをしない限りは。



目指すべきは「今、目の前にあるこの現在」に全力でもって向き合うこと、だ。


これから先、うれしいこと、素敵なことが次々とあなたのところへやって来る。
自分自身についても、そしてこの世界についても、新しい発見が次から次へと現れる。
今はまだ想像することすら難しいかもしれないけどね。



最後になるが、僕がビー玉探しのコツを伝授しよう。


それは、「思いも寄らぬところを探ってみること」。
「えっ、まさか!」と言いたくなるような場所をあえて見てみるんだ。


案外そういうところでひょっこりと見つかるものだよ、人生のビー玉って。


2019年3月13日水曜日

暗闇、そして新たな痛み

サイコパスという嵐が過ぎ去った。
しばらくの間は、人生もぱたりと動きを止めてしまったかのように感じられるだろう。


残されたエネルギーを必死に振り絞り、徹底的にリサーチ。
「やっぱりあの人、サイコパスで間違いない」との確信に至った。
それと同時に、壊れた自分の修復作業にも取り組まねばならなかった。
一体いつになったら周囲の世界が再び息を吹き返すのだろう。
少なくとも、本来のあなたらしさが戻ってくるまでは、そのような日が訪れることなど無さそうだ。


とはいえ、人生が一瞬でもその歩みを止めるなどということは、現実世界にいる限りまずあり得ない。
生きていれば誰だって辛い目に遭うし、嫌なことも起こる。
友達や家族の死は容赦なく訪れるし、人間関係も壊れる時は壊れる。
可愛がっているペットの死や、病の苦しみだって決して他人事ではない。


人生に苦しみや痛みはつきものだ。
誰が何と言おうと、この普遍的真理からは逃れられない。


ただ、サイコパスとの体験を経た後では、苦しみや痛みに対しての反応が以前とは違ったものとなるかもしれない。
辛いことや不快なことが起こると、心がすぐさまブーメランのようにあの頃の記憶へと舞い戻る...。
このパターン、一度はまるとなかなか抜け出せないんだよね。


ぼやきたくなる気持ち、わからなくもないよ。

「あんなサイコパスに出会ってさえいなければ、もっと上手に乗り切れているはずなのに。」

うーん。
それはどうかな。
この、過去へ過去へと舞い戻るブーメランパターン、長引かせることでかえって自分をみじめな立場へと追いやってはいないだろうか。
気に食わない出来事は何もかも一緒くたにし、「あのサイコパスと関わったせいで!」と強引に関連付けてはいないだろうか。


いい?
かつてのサイコパス体験と、今あなたが置かれている状況とは全く別個のものとして考えなければいけないよ。
両者の間には何一つ接点など無いんだ。
人間関係がこじれてくるとこうした記憶のブーメラン現象が特に起こりやすくなるから、気を付けなくちゃね。


あなたの前に気になる人が現れ、いい感じになってきた、としよう。
希望や喜びいっぱいの日々に、あとほんの少しで手が届きそう。
これでようやくサイコパスとの悪夢とおさらばできるかも...。


二人の仲は順調に進展しているかのように見えていた。
だが、あなたの期待もむなしく、相手との間には少しずつすきま風が吹き始める。

「ふん、あんなサイコパスと関わり合いになっていなかったら、きっと今頃は...」

思わず口をついて出るのは、あいつへの恨み節ばかり。


結局、その相手との関係がそれ以上に進むことはなかった。
別れが決定的となり、あなたはまたもや無力感に襲われ、ひどく落ち込む。
サイコパスのせいであなたらしさがじわじわとむしばまれていった、あの悪夢のような時期が再びやって来たようだ。

【過去記事:「むしばまれていく、自分らしさ(1)」https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/03/1.html 】

サイコパスの破壊力を侮ってはいけない。
離れてからもう随分経つというのに、あなたの心の奥深いとこでしぶとく生き続けていたんだね。


僕としては、こうした状況下であなたを襲う無力感と、例のサイコパスとの体験とは切り離して扱うべきだ、と考えている。


あの体験をきっかけに、あなたの魂は生まれ変わった。
これは疑いようもない事実だ。
生まれ変わってからのあなたは、外部からの悲しみに対しての敏感さが以前と比べて格段にアップした。
だが、それは裏を返せば、ほんのわずかな悲しみに触れただけで激しく動揺し、簡単には落ち着きを取り戻せない、ということをも意味する。


「一体どうしたんだろう、私。情けない...。」
そう思う人もいるだろうね。
弱気で、めそめそばかりしている自分の姿に「なんて不甲斐ないんだろう」とイラつくこともあるかもしれない。
本当ならばもっと強く、もっとたくましい自分へと変わっていかなくっちゃいけない時期なのに...ね。


だけど、こうしたネガティブな感情エネルギーは決して無視してはならないし、押し殺してもいけない。
そのままじっくり観察していけば、実はその中にもっと大きな、もっと大切な目的が隠されていることがわかるんだ。

Image by Alexas_Fotos

過去にさかのぼってわざわざ嫌な記憶を掘り返し、脳内ドラマをリピート再生し、嫌な気分にどっぷり浸る。
これ、そろそろ止めてもいいんじゃないかな。
自分を解き放ってやりなよ。自由の身にしてやりなよ。
泣きたいのなら、大声出して好きなだけ泣けばいいさ。
愛のエネルギーは心の一番奥深い場所で封印せずに、外の世界へとどんどん出してやろうじゃないか。
癒えていない傷があるのなら、その愛のエネルギーを使ってきちんと治そう。
失われた物たちや人々に執着するのも止めようよ。
ほんの少しだけ振り返り、「さよなら」とそっと心の中でつぶやいたら、後は前だけ見て歩いて行こう。


身体はへとへと。でも、心は穏やか。
そんな今の自分に気付けているかな。
自分というちっぽけな枠組みを超え、もっと深いところに存在している「何か」と自分とが繋がっているような、そんな感じ。
少しずつではあるが、あなたの中にもそうした実感が芽生えつつあるのではないだろうか。


こうしたプロセスを経る前と経た後とでは、「喪の悲しみ」に向き合う姿勢がガラリと変わってくるのは当然だろう。
変化すること・イコール・悪化すること、と決めてかかるのはよそうね。
世の中には変化して良くなることもたくさんあるのだから。


もちろん、最初のうちは多少の居心地の悪さを覚悟しなければならない。
今までに体験したことのないようなパワフルな感情が押し寄せて来るのだからね。
こんな波、どうやって乗りこなせばいいんだろう。
コツをつかむまではなかなかしんどいと思うよ。


経験したこともない感情をさあ、扱え、といきなり言われたところで、すぐには上手くできないだろう。
難しそう、無理だ、と思った瞬間、つい昔馴染みの例の感情...「この先最悪の事態が襲ってくるんじゃないか」という恐怖心...の方へと心が自然に傾いていく。
そうなると「あのサイコパスさえいなけりゃ...」というネガティブ思考に絡め取られてしまうんだよね。


辛い感情・厄介な感情は、実地経験を積むにつれて少しずつ上手に扱えるようになるよ。
苦手意識も徐々に薄らいでいくだろう。
どんな感情であれ、湧き起こって来たものはとにかく一旦自分の中で受け止めてみよう。
しっかりと受け止められたら、より健全な目的に役立てられるよう、進行方向を微調整してやる。
準備が出来たら、自分の外へパーッと放出してやればいいさ。


大丈夫。
できるよ、あなたなら。



もう一つ、落ち込んだ時にぜひ思い出してもらいたいことがある。


こうした一連のサイコパス体験を生き抜いた今、「前よりも苦手になった」「以前はできたけど、あれ以来できなくなった」といったネガティブな面に目を向けがちなのは仕方ないと思う。

でも、逆に

「前と比べて簡単にできるようになった」
「以前よりもかえって得意になった」
「改善された」

など、あなたにとってプラスとなったことも探せば必ずあるはずなんだよね。
さぁ、いくつ数えられるかな。


サバイバーの多くがこんなところを挙げている。

・友人との仲が一層深まった 
・風通しの良い健全な人間関係だけが残った 
・自分の良いところを認められるようになった 
・他人と自分との間に境界線(バウンダリー)を引けるようになった 
・自分と人類全体とのゆるやかなつながりを実感できるようになった


ネガティブ感情やネガティブ思考って、坂道を転がり落ちていく雪玉みたいなものだよね。
はじめはごく小さかったはずなのに、ころころと斜面を転がっていくうちにその大きさを増し、気が付いたらもう誰にも止められないほどに巨大化している。


ネガティブ要素を無駄に肥大化させないためにも、時々は立ち止まる機会を設けよう。
自分がどれだけ成長したかをはっきりと認められれば、考え方も変わると思うよ。
焼け野原の灰の中から力強く立ち上がり、無事にここまで歩いて来れたんだよね?
本当によく頑張ってきたあなた自身を、精一杯ほめて、そしてねぎらってあげて欲しいんだ。


あなたは暗黒状態からの脱出に見事成功した。
もう怖がらなくてもいいんだよ。


2019年2月20日水曜日

仕切り直し【Do-Over】

PTSDと関わりが深い感情で、最も多く見られるものといえば、やはり【無力感】になるだろう。


虐待を受けている間も、そして虐待から逃れた後も、あなたは自分の無力さを嫌というほど思い知らされたのではないだろうか。
「どうあがいてみても、私にはこの状況は変えられない」といった具合に。


あいつと出会ってからのあなたは
心奪われて
裏切られて
利用されて
挙句の果てに捨てられたよね。


避けようにも避ける方法など存在しなかった。
あなたができることなど何一つなかった。


低空飛行を続けていた自尊心が底を打った、まさにその時。
どこからともなくサイコパスが現れ、残された自尊心の最後の一片まで全てかっさらって去って行った...。
状況説明をするならば、こんな感じになるだろうか。


あいつのせいで、ヒステリックに泣き叫ぶ姿まで世間にさらして大恥かいたよね。
あちらにとっては願ったりかなったりの展開となった。


もちろん、奴のあなたに対する態度が最悪だったことは今更言うまでもなかろう。
貧乏くじを引いて泣きを見るのは常にあなたの方だった。
なのに、「勝ち星」はいつもあちらの頭上に輝いているかのように見える。
なぜなんだ。
そんなの不公平じゃないか。
(この件については本書の後半でさらに詳しく触れるつもりだ。)


で、途中であなたははっと気が付く。
「私、勝ち負けゲームの対戦相手としか見られていなかったんだ」
と。
その瞬間、圧倒的な無力感が雪崩のようにあなたを襲う。
あれはまさに、息も止まるかと思うほどの衝撃だった。


「お願いだから」
「どうかそれだけはやめて」
ひたすら低姿勢で懇願ばかりしていたあの頃の自分。
情けない、みじめな自分の姿がしょっちゅう脳裏に浮かんで来ては、今なおあなたを苦しめる。
もうわかるだろう。
あいつ、あなたが悶え苦しむ姿を見ては、ひそかな快楽を味わっていたんだよ。


「頭おかしいよ!」
「嫉妬心強すぎじゃない?」
当時はそうした奴からの非難にいちいちへこみ、傷ついてばかりいた。
だが、今ならはっきりわかる。
いや、自分は決して間違っていなかった、と。
...二股三股かけての不貞行為を続けていた卑怯者。
それは他ならぬあいつ自身のことだった。
あなたの側には落ち度など無かった。


そこであなたは考える。

「もし、あいつがもう一度だけ連絡取って来たら、今度は
私があいつを無視しまくってやるんだ。私がやられたのと全く同じやり方でもって。」


ここではそうした作業を【仕切り直し(a do-over)】と呼ぶことにしよう。


圧倒的な無力感に押し潰され、倒れてしまった魂。
こういう方法にでも頼らない限り、自分を立て直し、回復へと向かって歩き出すのはかなり難しいのかもしれないね。
あくまでも僕の仮説だけれども。


誰もが持っている、想像力。
実は、この想像力には僕らが考える以上に大きな力が秘められているのだそうだ。
「これ以上心が傷つけられるのはイヤだ!」といった場面に遭遇した時、想像力はそれ以上黙っているわけにはいかない。
目を覚まし、活発に動き始める。
それは大切なあなたをさらなるダメージから守ろうとする自然のはたらきなんだよ。


だから、嫌な記憶が戻ってきて、いつまでも振り払うことができずに困っているようならば、想像力に一仕事させてみてはどうだろう。
好きなだけいろいろ想像してみればいいよ。
そして、自分の中だけであいつとの関係を「仕切り直し」するのだ。
まぁ、脳の厄介な部分がしゃしゃり出てきては「それ、所詮【作り話】でしょ?ホントのことじゃないよね?」と野暮なツッコミを入れてくるだろうけどね。
そこは各自、上手にスルーしてもらいたいな。


要するに、「あれは本当にあったことだった」と自分の中で一度決めたら、ひたすらそう思い込め、というだけのこと。
そのうち、話の一つ一つがまるで【本当にあったこと】であるかのように感じられてくるはずだ。


「どうか許して...」
涙で顔をぐしょぐしょにしながらあいつの足元にひざまずいた、だって?
そんなこと、多分実際には起こっていないと思うよ。
あいつの悪口があまりにもゲス過ぎて、逆に笑い飛ばした、ってことならあっただろうけど。


平身低頭してあいつにペコペコ謝りまくった。
果たして本当にそうだったっけ?
あいつに面と向かって「さっさと謝罪しろ!」って逆にあなたの方から要求したんじゃなかったかな。


あいつに無視・だんまりを決められたのが辛くて、泣いてばかりいた。
...いや、そういうことは起こっていないよ。
むしろ逆じゃないかな?
あなたの方でムカつくあいつをガン無視してやった。
確かそうだったよね?


これ以上は無いってほどに残酷なやり方でポイ捨てされた。
いや、それもちょっと違う。
きっぱりと別れを告げ、二度と話すまいと決めて奴と絶縁したのはあなただ。
真の勇者は、あなた。
あいつじゃない。


僕がここでやろうとしているのは、あなたが経験させられた屈辱という屈辱の全場面をとことん解体する作業なんだよね。
一旦全てをバラバラにした後で、想像力を駆使して奴とあなたとの力関係を再構成し直す。それが最終的なゴールだ。


這いつくばり、必死の形相でもがき苦しむあなたの姿を見下ろしながら、あいつが不気味にほくそ笑んでいる。
そんなおぞましい場面の記憶、もうよみがえらせなくったっていいじゃないか。
二度と思い出さなくたっていいんだよ。


では、これから先、一体どんなことをしていけばいいのだろうか。


あなたは既にサイコパス/病んだ精神の持ち主に関してはたくさんのことを学んだはずだよね?
今度はその豊富な知識でもって自らをしっかりと武装し、身を守らなくてはいけないよ。
自分が強者であるかのように考えるんだ。
強者なのだから、強者にふさわしい立ち居振る舞いを身に付けよう。
元々はあいつから仕掛けてきたゲームだけれども、このまま冷静に闘いを進め、最後に全戦全勝という栄誉を手にする。
そういう結末へと持ち込まなければならない。


僕個人としては、虐待がらみの人間関係から回復しつつある人の場合、想像力に頼ってでも自分を立て直しするのはごく自然で健全なことだと思っている。
脳内で同じトラウマを何度も何度も再生し、追体験で苦しむよりは、想像力の力を借りてでも速やかに傷から回復する方が、本人のためにもなるのではなかろうか。


だって思い出してもごらんよ。
かつてのあなたは、豊かな想像力を駆使することであいつの虐待行為ですら記憶からきれいに消し去っていたよね?
脱価値化が進み、扱われ方がますますぞんざいになっていった時期に至ってもなお、あいつの「長所」を美化しようと、随分話を膨らませていたよね?
(そもそもあいつに長所なんてあったっけ?)


せっかく豊かな想像力に恵まれているのだから、今ここで使わなきゃ絶対損だよ。
頭の中に鮮やかなイメージを描いて、自分を変えていこう。
辛い状況からはさっさと脱け出そうじゃないか。
持っているものは大いに利用したらいいよ。


大丈夫。
時が経てば、全ての過去を冷静に検証できるようになるはずだから。
恥も外聞も忘れて取り乱し、ショックに打ちひしがれ、不安で心が一時も休まることなく、半ば狂気と呼べる域に達していた。
そんな過去も確かにあったよ。
でも、あなたは当時の自分を恥じる必要なんてこれっぽっちも無いんだ。
堂々としていればそれでいい。


本当のあなたは、優しい心の持ち主のはずなんだ。
だけど、あそこまで異常な状況へと放り込まれてしまっては、さすがのあなただってそう冷静に振舞ってばかりはいられないだろう。


あいつは、あなたに備わっていた素晴らしい性質や才能をことごとく搾取し、台無しにした。
しかも何一つまともなフォローもせずに突然立ち去った。
これだけの仕打ちを受けた人に対し、暴発するな、落ち着け、なんて言う人がいたらそっちの方がむしろクレイジーじゃないだろうか?
そんなひどい目に遭わされたら、誤作動起こして醜態の一つや二つさらすのも仕方ないじゃないか。
僕だったらそう思うけどね。


このような結論へとたどり着くまでには、僕自身もかなりの時間を必要とした。
そうした時間を経た今、僕はかつての自分・ジャクソン君を、敬意のような、称賛のような、そんな不思議な感情とともに見つめ直している。


あのような極限状況にあってもなお、ジャクソン君は精一杯頑張っていた。
力の限りを尽くしていた。自分にできることは何でもやって。
だから僕はあの頃の自分を心からほめたたえてやりたいんだ。
多分、その気持ちは死ぬまでずっと変わらないと思う。


もちろん、最初からあんなひどい目に遭わずに済ませられるのであれば、きっとそれがベストなんだろうね。
もしもタイムマシンがあって時間を遡ることができるとしたら、過去の自分に会って、助け舟を出してやりたい。
実は、そんな気持ちも僕の中にはちょっぴりあるんだ。


...だけどね、そんなことして一体何になるというんだ?


そういう形での【仕切り直し(do-over)】は、やったところで全く無意味だ。


今の僕にとっても、過去の僕にとっても、何一つプラスになりはしないだろうね。


2019年2月13日水曜日

【コラム】真実は勝つ

サイコパス。
ソシオパス。
自己愛性パーソナリティ障害者。


そういった類の訳あり連中と一度でも遭遇した人ならばわかるよね。
あれはまるで「純度100%の悪」に触れたような体験だった。
同じように感じた人は大勢いるんじゃないかな。


奴らとの関係が一段落したからといっても、まだまだ油断するわけにはいかない。
絶え間ない不安、自分への不信感、どこまで行っても光が見えない状況。
そうした迷惑な置き土産に悩まされ、身動きすらできぬもどかしい日々がこの先あなたを待ち受ける。


生きる力もすっかり枯れ果ててしまった。
以前ならウキウキしたはずの場面に出会っても、今は少しも心が動かない。
感情が麻痺してしまったかのようだ。


共感力あふれる人々が良心を持たぬ奴らの毒牙にかかると、被るダメージはここまでひどいものとなってしまうのだ。


こちら側は生き生きとした魂の持ち主。
あちら側には魂が無く、抜け殻も同然の存在。
この両者がぶつかって生じた反応、あまりにも激烈過ぎた。
あなたが描いていた未来像も計画も、全て白紙状態となってしまった。


だけど、長い目で見ればこれは間違い無く人生最大級のチャンスとなるはずだ。
今はまだとても想像できないだろうけどね。


この危機を無事乗り越えることができれば、あなたは世界をあるがままの姿で見られるようになる。
あるがままの自分も認めてやれるようになる。
嘘や飾りでごまかされることなしに【真実】をはっきりと見極められるようになる。


そうなれば、少しずつ生きる力も戻ってくるだろう。
魂の奥底から自然と力が湧き起こり、あなたはもっと強くなる。
よそからの借り物ではない、内側から生じる力があなたのものとなる。
もう二度と他人の手で破壊されることのない、確かな力が。



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毎回違った個性豊かなファッションや、ご自身の手によるイラストをふんだんに盛り込んだ動画でもって楽しませてくれるのが、アメリカ人YouTuberのSacha Slone(サシャ・スローン)さん。
問題のある【自己愛】の病を抱えた人達からどうやって身を守ったらよいのかを、ユーモアたっぷりに、明るくチャキチャキと語ってくれています。
コメント欄に寄せられたたくさんの書き込みも非常に参考になりますね。なんたって【被害者ならではの生の声】ですから。


陽気で前向き!なSachaさんのYouTubeチャンネルはこちら。
https://www.youtube.com/channel/UCL6rGSlLAsX0dC3hgus8R6g


こちらの動画:
【隠れ自己愛(Covert Narcissists)の騙しの公式:1ポジティブ→1ネガティブ】も、目からウロコの内容でした!



(動画要旨)



「私、被害者なんです~」
「僕、犠牲者です~」
「なんでいつも自分ばかりこんな目に遭わなきゃならないの?」
「カワイソな私/僕...」


そうやって自分からアピールしつつ、わざわざ不幸な身の上話を打ち明けに来るような人。
あなたの周囲にも一人や二人はいるでしょう?








それ、カモ物色中の【隠れ自己愛】と見てほぼOKですから! 
あなたが同情しやすいお人よし(=騙しやすい)人なのか、利用できそうなのかをチェックしてるんですよ。 
不幸話をしても大丈夫かどうか、ふるいにかけているんですよ!


ただ、あの手の人々の場合、その【自分カワイソ😢】な不幸自慢を会話の中にしれっと滑り込ませるやり方が実に巧妙でしてね。
本当に困ったものです。






あまりにもさりげないやり方で不幸話を投入してくるので、この手の人々に免疫の無い人だとなかなか気付くことができず、逃げ遅れてしまうのですよ。


うっかり同情心でも起こそうものなら、あっという間にあちらの罠にはまってしまい、最後には痛い目に遭う、...と。



実は、彼らがカモを引っ掛けようと狙っている時にする身の上話には、あるきまった公式があるのです。

それは、






【アゲて⤴、落とす⤵】


というパターンを繰り返す、というもの。
(これに加えて、表情やボディーランゲージも微妙に変化させます。)


典型的な【隠れ自己愛話法】は、こんな感じですね。


1.まずは相手がポジティブ&元気になれるような話をする。
(聞く人をいい気分にさせておく。おだてたり、ほめたりする。)
聞き手の気持ち・場の雰囲気を「アゲる⤴」。

2.聞き手の気持ちがアゲ調子で安定したところで、すかさず【伏し目がち】【自信無さげな曇り顔】といった、微妙な表情の変化でもって【自分カワイソ】な話をさりげなく投入! 
話をふっと「落とす⤵」!


例:「ガーデニングを頑張ってステキなお庭を作るのに成功したの。ぜひうちに遊びに来てちょうだいね!」

「職場のみんなにもとっても良くしてもらってるよ。いい感じさ!」 


アゲる⤴️!


→急に悲し気な顔になる。
「カワイソな私」の役割になり切る。
「実は今、お金無いんだ」
「スマホのスクリーン割っちゃった...新しいスマホは買えないし。どうしよう...」


ふっと落とす⤵️!

  

他人、特に共感力あふれるカモ候補の感情をアゲて、そして落とす。
これを何度も繰り返し、相手の同情心に訴え、徐々に冷静さ(理性的な判断力)を失わせていき、最後には欲しいものを奪う。騙す。
それが隠れ自己愛(Covert Narcissists)の常套手段です。


彼らは


【アゲて⤴️、ふっと落とす⤵️】


という話法、そして表情を急変させるテクニックとを組み合わせれば、自分にとって有利な展開へと持ち込める、と経験から知っているんですよ。







そもそも、共感力豊かな人は目の前にいる人の悲しげな顔を見るのが大の苦手なんですよね。
その弱みに付け込み、同情心を巧みに刺激すれば、それほど疑いを持たれずにうまーく自分のペースへと引き込める。




隠れ自己愛はそうしたからくりを熟知しているからこそ、性懲りもなくずっと公式を使い続けるのです。



どうか奴らのそんな姑息な手口に引っ掛からないでください。


間違ってもお金なんて渡しちゃダメです。


まぁ、その人が本当に気の毒で、放って置けないような状況にあるとあなたが思うのであれば、話は別ですが。


でも、肝心なのは「助けた後の相手の態度」です。
そこだけはしっかりと観察してくださいね。


時間・お金を提供したあなたに対し、ろくろくお礼もしない。
感謝している様子すら見せない。
やってもらって当然、といった感じで偉そうにふんぞり返っている。



そういった残念な態度が確認できたら、その人とは今後一切関わらない方が無難でしょうね。



最初っからお人よしのあなたを騙して、利用する目的で近付いただけなんですから。


【顕示型(見た目にわかりやすい)】の自己愛だったら、「今すぐ助けて!早く!!!」といった大げさな困り方をしますから、早期の発見も、そこから逃げるのも、それ程難しくはありません。


ところが、【隠れ(Covert)】型・潜在陰湿型自己愛性パーソナリティを相手にしている場合は違います。
その本性に気付くまでには相当の時間を要するかもしれません。


でも、その正体をすぐに見抜くことができなかったとしても、別にあなたがおかしいわけではないのですよ。

よくあることなのです。



Stay strong! (気持ちを強く持って!)


2019年1月9日水曜日

サイコパスの正体暴露~新ターゲットに知らせる?知らせない?

僕らの誰もがこんな経験をしたのではないだろうか。

たまたまGoogle検索でたどり着いたのが、【サイコパス】を扱った記事。
ざっと目を通してみる。
今までの疑問が一瞬にして氷解。
 これで全てが腑に落ちた。

身の毛もよだつような不気味な感覚があなたを襲う。
後から後から怒りが噴き出してくる。
恐ろしさのあまり震えが止まらない。
ありとあらゆる醜い感情が津波のように押し寄せる。
立っているのさえ辛いほどだ...。

その後どういった反応に出るかについては人それぞれだろう。
だが、十中八九は次のいずれかに該当するんじゃないかな。


1.サイコパスの正体を暴露してやりたくてたまらない。
2.次の被害者に注意喚起してやりたくてたまらない。


ちょうど読んだばかりの記事にモヤモヤしたものだから、との理由を後付けし、長文メールを一気に書き上げ、送信ボタンを押す。
もちろん宛先は元カレ/カノとそのお相手だ。
ついにお前の正体を見破ったぞ、って一言言いたい気持ちをどうにもこうにも抑えられないんだよね。


あなたの予想と期待がたっぷり盛られた「脳内シナリオ」によれば、その後はこんな展開となるはずだった。

正体が見破られたとあって、サイコパスは怯え切っている。
普段見せているニヤニヤ笑いもどこへやら、神妙な顔つきを見せている。
現・被害者の彼女/彼氏もあなたの手紙を読んで「危険な兆候」が現れていることを理解したらしい。即、サイコパスと別れる決断を下したそうだ。その後、被害者とあなたは
急接近。親友となって、毎日のように会って一緒にお茶しましたとさ。めでたし、めでたし...。

だが、現実はそんなに甘くない。普通は、まずこうなる。

サイコパスはあなたからの言葉を故意にねじ曲げる。
そして、
「このメッセージの送り主ってさ、もう、ほとほと嫌になるほどしつこくって困ってるんだよ。悪意が服着て歩いてるみたいだね」
「まともじゃないね。狂っているとしか思えない」
といった調子で、会う人会う人にあなたに関する悪評を吹き込んでいく。

いいかい。
大多数の人々は「サイコパス」とほとんど無縁の人生を送ってきたんだ。それは覚えておこうね。反応が鈍いのも仕方のないこと。
知らないものは知らない。知らなければ、関心だって持ちようがないんだ。
この辺はあなたにとっての盲点だったかもしれない。


だから、周囲の人々はサイコパスの言葉にいとも簡単に踊らされてしまう。
そしてあなたはこう見られる。

「あらまぁ。自分がふられたという重苦しい現実をいまだに受け止められないのか。必死にもがいているのだろうが、いやはや、なんとも痛々しい姿だな...。」

しかもサイコパスはあなたが半狂乱で書きまくった言葉を新ターゲットにわざわざ読ませるんだよね。
三角関係の誕生だ。
そしてあなた・サイコパス・新ターゲットの三者をドロドロの渦の中へと巻き込んでいく。これこそが奴の真の目的さ。
あなただけに悪役キャラを押し付けることで、「選ばれたのは私の方!」「望まれているのは私の方!」と、新ターゲットの虚栄心は大いにくすぐられる。
あなたを「キチガイ」呼ばわりすればするほど、新ターゲットとサイコパスの結束はますます強化される。


この時期の新ターゲットには何を言おうがわめこうが、一切無駄だ。
聴く耳なんて持たないのだから。
嘘だと思うなら、少し前の自分を振り返ってみればいいよ。
愛情爆弾をガンガン落とされ、ちやほや持ち上げられていた【理想化】段階のあなたに、「その人、サイコパスですよ」なんて情報を囁いてくれた第三者がいたとしても、おそらくあなたは耳さえ貸そうともしなかったはずだ。
「えっ⁉...よりによって私の大事な【ソウルメイト】をサイコパス呼ばわりするなんて。何なの、この人!」と。


読者の中にはどうしても新ターゲットに注意喚起してあげないと、との正義感に駆られてつい行動に出てしまった、という人もいるだろう。
大丈夫。
気にするなって。
何もこれで一巻の終わりと決まったわけじゃない。過ぎたことは忘れてとにかく前に進もうじゃないか。
あなたの行動が、もしかしたら最終的にはプラスの結果をもたらすことになるかもしれないよ。


僕の経験から言うと、この新ターゲットが逆の立場、つまりサイコパスに捨てられてどん底状態に落とされた時にはきっとあなたのことを思い出すだろう。
そいつは危険だ、気を付けろ、とわざわざ注意喚起してくれたあなたの心遣いを初めて理解し、感謝の気持ちを抱くんじゃないかな。


心の奥深いところでは、あいつへの巨大な復讐願望が今もなお、じたばたと暴れているかもしれないね。
そんな自分を恥じる必要はさらさら無いよ。
あれだけひどい仕打ちをされたのだから、復讐してやりたいと願うのはむしろ当たり前だろう。


でも、ここだけは強調しておかないと。

あなたは幸せになってもいいんだよ。 

今度こそ幸せをつかみたいんだろう?だったら、まずは【絶縁/ノー・コンタクト(No Contact)】を貫き通すんだ。
全てはここからスタートするのだから。

一度粉々に破壊されてしまった心が治癒へと向かい始めるには、時間、そして愛情とをたっぷりと注ぎ込んでやらねばならない。
なのにあなたは、猛毒まみれの人間関係をいつ、どうやってぶっ潰そうか、といった妄想にいまだにこだわり続けている。
いいのかい、それで?
そんな調子じゃ、心の傷はいつまで経っても癒えないままだよ。


あなたの体験を文章にして、いろいろな人に読んでもらうというのはどうかな。
毒吐きしたけりゃ、とことん毒を吐いてしまおう。
送るつもりの無い手紙を延々と書き続けるのもいいだろう。
こうした作業のひとつひとつが回復のプロセスにおいては重要な役割を果たしてくれるんだよね。ぜひ試してみて欲しい。


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そう。
内側に溜め込んだものは外にぶちまけた方がいいんだよ。
それは、Psychopath Freeの掲示板【訳注:現在新規登録者の受け付けはしていません】に書きこんでくれた何千人もの人々が証言してくれているよ。


そのうち、奴の今度の彼女/彼氏が誰で、どんな人なのか、といったことなど本当にどうでもいいと思える時期が必ずやって来るから。
数日後かもしれないが、
数週間後かもしれないが、
数か月後かもしれないが、
「あれ、あいつと別れてどのくらい経ったっけ...?」
記憶が風化して、それすら思い出せない。
あなたにもいつか必ず、そういう日が訪れる。


そうなったら、今度こそ

自分自身のために生きる

という大仕事に着手していこう。


そもそも、なぜ僕らはこんな旅路へと放り込まれたのだろうか。
おそらく、この

【自分自身のために生きる】

という課題に向き合う必要があったから、じゃないかな。


それは僕ら一人一人が自分の内側に

【自尊心、優しさ、幸せをしっかりと根付かせ、大切に育てていく】

という仕事に取り組むことでもある、と言い換えることもできるよね。


だったら、自分だけでやらなきゃ。
誰からの助けも借りる必要は無いさ。



2018年12月21日金曜日

自爆モード~共感力豊かな人々の最終兵器~

自爆モード~共感力豊かな人々の最終兵器~

【自爆モード】。
これ、人の気持ちに寄り添うのが上手な人、つまり「共感力豊かな人」のほとんどには生まれながらにして標準装備されているんじゃないかと思う。


悪化する一方の人間関係を修復したくて、全力を尽くした。
だが、結局どうすることもできなかった...。
そんな時にスイッチON!となるのが、この【自爆モード】。
(まぁ、あれ以上努力したとしても、遅かれ早かれ行き詰まっただろうね。今ならわかるけど。)


では【自爆モード】の4段階、順番に説明していこう。


1.尽くし過ぎ

あなたは周りで起きる物事や身近な人々のことが気になって仕方がない。そこで、持ち前の共感力を発揮し、なんとかして彼らの気持ちに寄り添ってあげようと、精一杯頑張る。


新しく出会った人には、できるだけのことをしてあげよう、と出血大サービス。
できれば愛情と感謝というリターンが得られればうれしいんだけどな...と、ひそかな期待を抱きながら。


だが、いざ蓋を開けてみると、集まったのは少々訳あり物件といった感じの人ばかり。
彼らの尻拭いに忙殺されたため、予想以上に多くの時間とエネルギーとを奪われてしまう。


「別にそこまで気が合う人ではないけれど...」
それはわかっている。
とはいえ、今更縁を切るわけにもいかない。
「あんな人たちなんかのために、どうして...」と後々ひどく悔やむことになっても、時既に遅し、なのだ。


「この人/この状況に私が寄り添ってあげれば、きっと良い方向へと向かうはず。」
どうやら、あなたは妙な使命感のようなものに取り憑かれてしまったようだ。


2.怒り

気が付いたら周囲には「満ち足りる」という言葉の意味さえ理解できないような人々ばかりが群がっていた。
その痛々しい事実、まだあなたは直視できずにいるかもしれないね。
どいつもこいつも恩知らずばかり。
あなたがどれほど尽くしてやったところで、それ相応の見返りなんてあるわけもない。
これまで自分がしてきたことが全くもって無意味だった、と気付いたあなた。目の粗いザルで必死に水をすくおうとしていたようなものだ。
ようやくここで目が覚めた。


「あれほど一所懸命に助けてやったのに...」
今までの努力は一体何だったのだろう。
ついに怒りが爆発する。
そして、過去の自分、世間に見せてきた「表向きの顔」に対しても宣戦布告を突き付ける。
もう「いい人」を演じるのは懲り懲りだ。
これ以上いいようにこき使われてたまるもんか。


だが、その怒りも少々度が過ぎてしまったようだ。
殺気立った言動ばかり繰り返すあなたにうんざりした友人が、一人、また一人...と、遠ざかっていった。


3.孤独

夢と希望を大切にする人なら誰でも、一人静かに過ごす時期を人生のどこかで必ず持つことになる。
それも、かなりの長い間。


はじめは心地悪いなんてものじゃないだろう。
誰かに認めてもらえないと「自分は価値ある人間だ」との実感が持てない。だから、物心ついてから今までずっと、他人からの評価にすがりつくようにして生き永らえてきた。
そのような承認欲求の強い人にとって、人生初の一人ぼっちで過ごす時間はただただ辛く、しんどいものでしかないだろう。


やがて、この「一人の時間」は徐々に「楽しみの時間」へとその性質を変えていく。


人間って、他人からの反応を意識している間は、自分の内側に目を向けたり、悩み事や心の葛藤にがっちりと正面から向き合ったり、といったことにはなかなか気が回らないものなんだ。


唯一頼れるのは自分自身の判断だけ。
それが大いに推奨されるこの時期は、人生有数の、またとないチャンスだ。
やり方さえ間違わなければ、あなた自身の本当の姿が発見できると思うよ。


というのも、僕らにはどうしても「孤独な、一人きりの時間」が必要なんだ。
孤独な時間が無ければ、自分自身の立て直し作業などできやしない。
闇世界の使者のようなあいつとの出会いによって全消去されてしまった自分を、これから一つ一つ作り直していかなければならないのだ。
この際、もう一度ゼロからスタートするつもりで気合い入れていこうじゃないか。


4・バランス

1、2、3、と順を追って読んでもらえば、キーワードのようなものがおぼろげながらも浮かんで来ると思う。
あなたも既に気付いているんじゃないかな。


そう。
大切なのは「健全なバランス感覚」なんだよ。




いくら身近な人々だからといって、その意見にいちいち同調しなくたっていいし、気持ちの上で寄り添ってやる必要だって特に無いんだ。
共感力は誰彼構わず発揮すればいい、ってもんじゃない。
あなたの信頼と親切心を受けるにふさわしい人たち...つまり、受けた恩にはきちんと報いる、という作法を心得た人たち...のためだけに大事に取っておけばいいよ。
で、ここぞ!という時だけに使えばいいのさ。


そして、「いいようにこき使われたくない」からといって、何も強面(こわもて)をして横柄に振舞う必要など無いからね。
私にだって自尊心(self-respect)はあるのだ、と他人にはっきりと伝えたければ、生き方にそれを語らせればいいだけのことだ。
「自分自身を大切にする(respect)」という生き方でもってメッセージを発信すればいいんだ。


最後にもう一つ。
「これ以上傷つくのは嫌だ」との理由で、世間から引きこもり続ける必要も全く無いからね。
世の中に善良な人は大勢いる。
しかるべきやり方に則って古い自分をとことん破壊し、過去をすっきりさっぱり清算できたら、その時はあなたも不思議なことで満ち満ちたこの世界へ戻ってこれるよ。
再び世界の一員となって、活動できるようになる。


とにかく、健全なバランス感覚を見失わないことだよね。
それさえ注意すれば、本来あなたに備わっていた数々の資質は新たなる「才能」へとさらに高められ、華麗なる再デビューを果たしてくれるはずだ。
頼もしい助っ人となってあなたのことを終生支えてくれることだろう。


読者の中には、この【自爆モード】のスイッチに触れるのが恐ろしくて、何年間も、何十年間もひたすら逃げ続けてきた、問題を避けて来た...という人もいるかもしれない。


確かに逃げたくなるのもわかる。
だって、スイッチひとつで「ドッカーン!」と自分が破壊されるんだよ。
大地震並みの激しい揺れと、大混乱といった極度の精神的ストレスに嫌でもさらされることになるんだよ。
気乗りしなくて当たり前だよね。


だけど、あなたのように豊かな共感力を持つ人が本気で救われたいと願うのであれば、最終的にこの【自爆】というルート以外の選択肢は他に無いんだ。
辛い旅路になるだろう。
でも、自分の足で一歩一歩前に進むことによって僕らの中に「バウンダリー(境界線)」というものが少しずつ出来上がっていくのだから、どうしてもここを避けて通るわけにはいかない。


道は険しく、長い。
それでも黙って歩き続けていれば、やがて目の前の世界は再びその輝きを取り戻してくる。
以前とはまた違う角度から世界を眺められるようになる。
世界の素晴らしさにあっと驚かされ、そして感動にうち震える日だっていつか必ずやって来る。
せめてそれくらいのご褒美は許されていいよね。
さんざんな目に遭いながらも、多少は賢くなって無事に生還できたのだから。


2018年11月29日木曜日

瀕死の共感能力

瀕死の共感能力

からっぽになった心。
麻痺したかのように何の反応も示さない。
周りで何が起ころうと、誰が何をしようと、どうでもいい。自分には関係無いから...。
しばらくはそうした虚無感に苛まれるだろう。
だが、この段階は避けて通れないのだ。
サイコパス被害を本気で克服したいのならば。


誤解の無いように言っておくよ。
心が麻痺し、外界からの刺激に無反応になったとしても、あなた自身が「サイコパス」と即、決まるわけじゃない。
二つは似て非なるものだ。


確かに、今のあなたがピクリとも動かぬ「無反応」な状態にあるのは事実だ。
でもね、これは100%あいつのせいだよ。
あれだけぞんざいな扱いを受け、操り人形のように利用されたのだから、感情が麻痺しない方がおかしいよ。
元のような自然な感覚を取り戻すまでには、相当長くかかるかもしれない。


何を見ても、何を聞いても「反応無し」。
普通、これはサイコパスの特徴とみなされる。
だけど、本物のサイコパスだったら「ああ、いつまでも純真無垢なままではいられないんだなぁ…」と、無邪気だった頃の自分を懐かしみ、何ヶ月もどっぷり感傷に浸る、なんてことはまず、やらない。
また、ほろ苦い失恋体験を頭の中でロングラン上映し続ける、などといったこともあり得ないだろう。


今はただ冬眠しているだけなんだよ。
あなたの心も、あなたの共感能力も。
でも、冬が終われば必ず春が来る。
熟睡中の熊さんだって、季節が変われば穴の外へと出て来て、元気な姿を見せてくれる。それが自然というものだ。


現在のあなたもそのように考えればいいさ。
今はただ、目の前にある片付けなきゃいけないことだけ片付けていけばいい。
そうこうしているうちに月日が流れ、気が付いたら以前にも増して感受性豊かで、より思いやりあふれる素敵な人へと成長できているんじゃないかな。


だから心配する必要なんて無いんだ。
心が麻痺して無反応状態だからといって、何もそれが永遠に続くわけじゃない。
一過性の症状だよ。いつかは消えてなくなるさ。
そのうち心から無反応という迷惑な客を追っ払える日も来るだろう。そうなったら、入れ替わりで楽しいことやうれしいことが舞い込んでくるはずだ。
さすがにそこまで来れば否が応でも動かなきゃ!って気分になると思うよ。


以前僕がお勧めしたこと、覚えているかな。
「新しい友人関係・交際関係を開拓したいのはやまやまだろう。
でも、少なくとも数か月は猶予期間を設けるべきだ。」
この本の初めの方に書いたよね。



【参考過去記事】「ハゲタカに気を付けろ」https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2015/01/blog-post_31.html


いいかい。くれぐれも早まらないで欲しいんだ。
焦って誰かをつかまえてみたところで、どうにもならないからね。
そのうち欲求不満という分厚い壁にぶち当たるのは火を見るよりも明らかだ。
止めた方がいい。開いた傷口にわざわざ自分で塩を塗り込むようなものだから。


こういった時期はどんな相手を選ぼうが、行き着く先は皆同じだよ。
サイコパスとの関係で体験したあの熱烈な恋心。
高揚感。
別の人を相手に、あのハイな気分よもう一度、なんて期待するだけ無駄さ。どうせ裏切られ、ガッカリするだけだ。
「あーあ。今度の彼/彼女、ハズレだったかも。あまりマメじゃないし、気も利かない。それに身体の相性もイマイチなんだよね...。」
気が付けば相手への不満ばかり口にしているあなた。
そんな醜い自分にふと気付いてしまい、またしても気が滅入る。
まったくだ。いいことなんて一つもありゃしない。


これ、「ポスト・サイコパス(サイコパス後)」期の人間関係でついやりがちな失敗パターンだ。
ずるずると引き延ばしたところで、その努力は徒労に終わるだけ。
しかも、そこで傷つくのはあなた一人だけじゃない。
巻き込まれた相手はもちろん、周囲の人だってあなたと同じように傷を負うんだ。


そもそもあなたの場合、共感能力という基礎部分がひどく損なわれている上に、後ろめたさという重荷まで背負って新しい相手と付き合おうとしているんだよね。
うまく行ったらむしろ奇跡だと思うよ。


そう。
できないことは、できないんだ。ここいらで腹をくくろう。
だから、「ちゃんとできていない、ダメダメな自分」を過度に責めて、悪者扱いするのはもうやめようよ。


今は自分の内側をじっと見つめるべき時期なんだよ。
他人に頼ることはない。
あなた自身があなたにとっての最良の友になってやればいいじゃないか。


「あなたは自分にとっての最高の友達にもなれるし、
また、最悪の敵にもなれる。
さて、どちらがいいかな?賢く選んでね。」

とはいえ、いつまでも内側にばかりこもってばかりはいられないのが現実世界の辛いところだ。
だから、ある程度内省に時間を費やしたら、どこかでエイヤッと区切りを付けねばならない。
エンドレスな思考の流れにストップをかけて、外の世界に目を向けよう。
そしてリアルな人生への復帰を果たすのだ。


人によってはそこへたどり着くだけでも数年はかかるかもしれないね。
でも、外に出ていく時期が来れば、必ずわかるよ。
あなたの心の奥深い場所から「準備はOK。前進だ!」って合図が聞こえてくるはずだから。


内省するのは大切だ。
でも、それも度を越せばかえって毒になることもある。


「程良い分量の内省」という長いトンネルを抜けたあなたは、以前とは一味も二味も違う人になっていることだろう。
自分の内側を見つめてきたから、いろいろな分野についての知識も得られた。
同時に、人生をゼロから作り上げていく能力にもさらに磨きをかけることもできた。


内省は多過ぎてもいけないし、少な過ぎてもいけない。
匙加減が難しいけれど、自分にとっての適量をうまく見極められたらいいね。