【隠れ自己愛人間】。...知ってた?
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/p/blog-page_7.html
どうも日本ではあまり広まっていないような気がしますね、この呼び方。
少なくとも、精神医学・心理学といったアカデミックな分野では全く使われていなさそうです。
まぁ、私の検索の仕方が悪いのかもしれませんが。
(ひょっとしたら既に定まった訳語が他にあるのかもしれません。ご存知の方、いらっしゃいましたらぜひ教えてください。日本語の参考書籍も紹介していただけると大変ありがたいです。
コメント欄や訳者への直メッセージ欄をお使いください。)
こちらの翻訳ブログを始める前(2013年初め頃)から、人格障害、特に「サイコパス」「ソシオパス」「ナルシシスト(自己愛性パーソナリティー障害)」といった検索語を入れて出て来るYouTubeの英語動画はいろいろと見てきたつもりです。
その中でも、近年物凄い勢いで増えているのが、Covert Narcissists (隠れ自己愛人間)を扱った動画なんですよ。
英語圏では少しずつ日常語として定着しつつあるようですね。
しかも、そうした動画の一つ一つに「ありがとう!まさにこれは私の元夫(妻、彼、彼女...)のことだ!」といった痛々しいコメントが寄せられているんですよね。それも何十、何百といった単位で。
ということで、こちらの「さよなら、サイコパス~Psychopath Free~」をお読みくださっているみなさまにも
というキーワードをそろそろ覚えていただいてもいい頃ではないか、と思います。
【隠れ自己愛】=【Covert Narcissists】
というキーワードをそろそろ覚えていただいてもいい頃ではないか、と思います。
試しにYouTubeで検索かけてみてくださいな。びっくりするほどたくさんの動画(英語)が出てきますから。
今回は、数ある動画の中でも画像を多用し、大変わかりやすくまとまっているJennuine Soulさんの一本を取り上げて、この【隠れ自己愛】と呼ばれる人々の特徴を見ていくとしましょう。
本ブログの読者の方にはお馴染みの内容ではありましょうが、それでも一つや二つは新たな発見があるかもしれません。
ざっくりとした訳(かなり大胆に意訳したところもあります)を付けましたので、ご参考になさってください。
英語が苦にならない方は、字幕機能をONにしてご覧になるのもおすすめです。
【冒頭の図】
顕示型自己愛~被害者を短時間で疲弊させ、力を奪う。わかりやすい。
隠れ自己愛~被害者をじわじわと、時間をかけて弱らせていく。わかりにくい。
【聖書引用】
ヨハネの第一の手紙(口語訳)第4章4-1
「愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、
それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。
多くのにせ預言者が世に出てきているからである。」
聖書にも書いてある通り、人と付き合う際は「良い実をつける」ような人かどうかをきちんと確認した上で先へ進まねばならない。
付き合い始めの短い間だけならば「善人のふりをしてごまかせる」という人は、世の中に大勢いるのだから。
そう、にせ預言者のように。
顕示型自己愛は至るところで目にするし、遭遇したらしたですぐに気付くことができる。
「わかりやすい」類の自己愛だ。
だが、隠れ自己愛(Covert Narcissists)は普通の人の中に「紛れ込んで正体を隠す」のが上手い。
すぐにその本性を現わすことが少ないため、外からは「わかりにくい」。
聖書に登場する「羊の皮を被った狼」とは、この手の人々のことである。
今回のビデオでは、「不毛な魂」の持ち主である隠れ自己愛の特徴を10項目、ご紹介していこうと思う。
今身近にいる人が隠れ自己愛だったと気付いた時に、慎重かつ賢明な対処ができるように。
1・「愛ある人」「与える人」「忠実な人」といった、【善意の人】のふりをする
...少なくとも、他人から見られている間だけは。
そうした行動は本心から出たものではないので、彼らのやることなすことはとにかく薄っぺらい。
今回のビデオでは、「不毛な魂」の持ち主である隠れ自己愛の特徴を10項目、ご紹介していこうと思う。
今身近にいる人が隠れ自己愛だったと気付いた時に、慎重かつ賢明な対処ができるように。
1・「愛ある人」「与える人」「忠実な人」といった、【善意の人】のふりをする
...少なくとも、他人から見られている間だけは。
そうした行動は本心から出たものではないので、彼らのやることなすことはとにかく薄っぺらい。
「いい人」という外面をキープすることを何よりも優先する。
それが隠れ自己愛の特徴だ。
そのくせ、外からの批判には過敏に反応する。
一応、その場は涼しい顔をしてやり過ごすものの、内心は怒りでメラメラ。その怒りはずっと自分の中に溜めておく。
そのくせ、外からの批判には過敏に反応する。
一応、その場は涼しい顔をしてやり過ごすものの、内心は怒りでメラメラ。その怒りはずっと自分の中に溜めておく。
そして後日、ここぞというチャンスが来たら「仕返し」という口実の下、溜まった怒りを被害者めがけて一気にぶちまける。
残業も厭わずせっせと働く。
残業も厭わずせっせと働く。
友人や家族のサポートに奔走する。
それもこれも、何か起こった時に「あの人はこんな素晴らしい人なんですよ」と太鼓判を押してくれるような味方の証言者を一人でも多く獲得しておきたいがためだ。
人を煙に巻く技術、つまり催眠術には長けている。
理由はよくわからないが、この人のために何とかしてあげたい、この人と一緒にいたい、だってこの人は「いい人」だから...と他人に思い込ませる才能は持っている。
それも全て、巧妙に彼らが仕組んだ筋書き通りの展開だ。
被害者が「仕方ない、この人には借りがあるし…」と思わざるを得なくなるような流れへと持ち込むのだけは、抜群に上手い。
(この画像、最高です!
表に見える良い部分は「氷山の一角」に過ぎない、と。
本当に怖い4分の3は隠されていて、大多数の人には見えないんですよね...。)
人を煙に巻く技術、つまり催眠術には長けている。
理由はよくわからないが、この人のために何とかしてあげたい、この人と一緒にいたい、だってこの人は「いい人」だから...と他人に思い込ませる才能は持っている。
それも全て、巧妙に彼らが仕組んだ筋書き通りの展開だ。
被害者が「仕方ない、この人には借りがあるし…」と思わざるを得なくなるような流れへと持ち込むのだけは、抜群に上手い。
深い…。人間は上っ面しか見ていない、ってことか。真の能力よりも、演技力に騙される。対抗したけりゃ、無知で受け身で従順な生徒の立場に安住してちゃダメ。鋭くツッコミ入れて、納得行くまで食い下がろう。予備知識ゼロで何色にでも染められる白い羊は詐欺師の大好物。それを忘れちゃいかん。 https://t.co/NEvh72L36C
— 師岡桂子 (@SchipperkeBayan) 2018年8月8日
2.「私は絶対悪くない」
隠れ自己愛の「私は絶対悪くない」は、いわゆる受動攻撃(passive-aggressive)というややこしい形を取って表現される。
悪いのはいつもあなた。
隠れ自己愛はいつも正義の側。
全責任をあなた一人になすりつけておいて、「被害者」役を熱演するというのが彼らお決まりのパターンだ。
地域コミュニティにとっては欠かせない、善意あふれる、働き者の隠れ自己愛。
少なくとも周囲の人々からはそう見られている。
...あんないい人を悪者呼ばわりするなんて、どうかしてるよ。
...ねぇ、アナタの方が悪かったんじゃないの?
(ボランティア、スピリチュアルなコミュニティ、チャリティ団体...。
疑いたくはないですが、そうした活動に励む人々の中には
「善良な人」との評価をGETするべく、
必死の演技を続けている隠れ自己愛が
必死の演技を続けている隠れ自己愛が
一定数混入している。
そう見て間違いないでしょう。残念なことです。)
そう見て間違いないでしょう。残念なことです。)
万が一悪事がバレたとしても、彼らは「悪かった」と本気で謝罪する能力などこれっぽっちも持ってはいない。
だって自分が悪いと認めてしまったら、ここまでさんざん苦労して保ってきた「善意の人」というイメージが一気に崩壊してしまうじゃないか。
証拠?
はぁ?
それ、何のこと?
内心、隠れ自己愛はこう思っている。
「ふん、私がいなかったら何もできないくせに!この無能どもが!」
3.非常事態に直面しても、異様に落ち着きはらっている
不測の事態が起こっても、動じた様子は見せない隠れ自己愛。
「沈着冷静な人」「問題解決の達人」との印象を人々の目に焼き付けることで、「さすがだね。やっぱりあの人は頼りになる!」と信じ込ませたいのである。
普通の人だったら不安・心配といった感情に圧倒されてしまうかもしれない。
そんな状況にあって隠れ自己愛が異様なほどに落ち着いているのは、ひとえに人から一目置かれたいがためである。
他人から崇められたいのだ。
ところが、状況が一転して、隠れ自己愛の身に何らかの災いが降りかかったとしよう。
彼らはたちまち【犠牲者】【哀れな被害者】へと役柄を変え、お涙ちょうだいの熱演でもって人から憐れんでもらおうとする。
あなたが後ろめたい気持ちを抱いたと見ると、待ってましたとばかりに本当に欲しいものを奪おうと襲いかかって来るはずだ。
隠れ自己愛には情けなど無用だ。
助けてやったところで、感謝されることなどまず、あり得ない。
あなたがどれほど尽力してやったとしても「無かったことにされる」か、もしくは「別に大したことじゃなかった、一人でもやろうと思えばできた」とぬかされるのが落ちだから。
4.やることが卑劣。態度は曖昧。
隠れ自己愛のやることなすこと全てには、曖昧さがつきまとう。
誰かと関わっていて、頭の中が混乱し、煙に巻かれたような状態が続く上、相手の発言や行動の裏を探偵よろしく深読みしなければならないことが増えてきた、としよう。
その相手、隠れ自己愛と見てほぼ間違い無い。
まともな人間ならば、相手に自分の真意がきちんと伝わるようにそれなりの努力をするのが普通だ。
だが、隠れ自己愛はその逆を行く。
ところが、状況が一転して、隠れ自己愛の身に何らかの災いが降りかかったとしよう。
彼らはたちまち【犠牲者】【哀れな被害者】へと役柄を変え、お涙ちょうだいの熱演でもって人から憐れんでもらおうとする。
あなたが後ろめたい気持ちを抱いたと見ると、待ってましたとばかりに本当に欲しいものを奪おうと襲いかかって来るはずだ。
隠れ自己愛には情けなど無用だ。
助けてやったところで、感謝されることなどまず、あり得ない。
あなたがどれほど尽力してやったとしても「無かったことにされる」か、もしくは「別に大したことじゃなかった、一人でもやろうと思えばできた」とぬかされるのが落ちだから。
4.やることが卑劣。態度は曖昧。
隠れ自己愛のやることなすこと全てには、曖昧さがつきまとう。
誰かと関わっていて、頭の中が混乱し、煙に巻かれたような状態が続く上、相手の発言や行動の裏を探偵よろしく深読みしなければならないことが増えてきた、としよう。
その相手、隠れ自己愛と見てほぼ間違い無い。
まともな人間ならば、相手に自分の真意がきちんと伝わるようにそれなりの努力をするのが普通だ。
だが、隠れ自己愛はその逆を行く。
わざと曖昧な言い方をし、秘密を作り、情報を遮断する。
そうやってあなたを「虐待」するのだ。
何度も、しつこく。
(後編へ続く)https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2019/01/covert-narcissim10_16.html
そうやってあなたを「虐待」するのだ。
何度も、しつこく。
(後編へ続く)https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2019/01/covert-narcissim10_16.html




















