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2019年9月18日水曜日

無邪気さの消失【3】

時が経つにつれて、あなたの中にはそれまでに一度たりとも経験したことのないほどの激烈な怒り、そして巨大な虚しさとがわき上がってくるだろう。
その怒りと虚しさに嘘偽りはない。正真正銘の本物だ。
だが、あなたは恐らくそれらを表現する術を知らない。
となると、後はただ途方に暮れるばかりだ。


とりあえずは周囲から期待され、求められている役柄、つまり「ハッピーでお気楽な私」という表向きの顔をそのままキープし続けるしかないのだろう。
下手に生の感情を露わにしたところで、多分誰一人として喜ばないだろうから。
本音はひとまず封印。それが一番無難だ。


しかし、心の奥深いところでは確実に変化が起こりつつある。
いよいよ光も消え失せてしまうのか、と危ぶまれたちょうどその時のこと。
突然あなたの中で何かがはじけ飛んだ。

「あの人たちが憎い!」
「もう、ムカついた!何なの、あの人たち!」
...あなたの中では今までずっと「友達」だと思っていた人々。
彼らに対してのいら立ちが急に抑えられなくなったのだ。
しかも、次から次へと噴き出してくる。


この時期に「友達」と会って時間を過ごすと、家に帰ってもなお頭の中でさっきの会話を再現しては
「あれって一体どういう意味だったのかな」
と考え込むことも多くなるはずだ。
一度その作業に没頭し始めたら、一時間や二時間なんてあっという間に過ぎ去っていく。


「私、心にも無いことばかり言ってたな」
...そうだね。確かに「あなたらしくない」発言はしていたよね。
しゃべりながらも薄々気付いていたんだろう?
今日も例によって「友達」連中は三度の飯よりも大好きな悪口大会で盛り上がっていた。
あなたも一応は彼らに調子を合わせていたものの、内心では「くだらない」と冷ややかな見方をしていたんじゃないかな。


ようやく光が帰ってきたね。
一瞬にしてあなたは正気を取り戻したのだ。
そうなれば、どうしても次の一言をつぶやかずにはいられない。
「違う!あんなのはユーモアなんかじゃない。だって全然面白くも楽しくも何ともないし!」


その瞬間、背筋にゾクゾクッと冷たいものが走っていった。
残酷な現実が稲妻のような激しさであなたを襲ったのだ。
「そうか...私、今までずっと、思いやりの欠落した人たちとばかりつるんでいたんだ...」


sethink@Pixabay

エネルギーが完全に枯れ果てた今のあなたは、まるで切れた電池のようだ。何かを始める気力など残っていない。
どう頑張っても力など出ないのに、今からロケットをドカンと打ち上げる作業に入らねばならない。今の心境はそんな感じだ。
一昔前だったら、何も考えず「好き!」という気持ちを全ての人に対して抱くことができた。
頭ではまだそうできたらいいな、と願っているものの、実際にはそんなの無理に決まっている。
みんな大好き、なんてセリフ、今じゃ口が裂けても言えない。



無慈悲な人々。
薄っぺらく、中身の無い人々。
そうした類の人々にはもうどうにも我慢ができない。
ここまで他人に嫌悪感といら立ちを覚えたなんてこと、今回があなたの人生で初めてではなかろうか。


例のサイコパスをなかなか忘れられず、甘酸っぱい感傷と共に思い出す時だって確かにあった。
でも忘れられなかったのは、別にあいつが「いい奴」だったから、ではない。
あなた自身が心に「光を持つ人」だったから、忘れ去るのが難しかっただけだよ。
あんな奴ではあるけれど、思い出はどうしても捨てられなかった。
それだけのことさ。

以前のあなただったら、悪を目の当たりにしても「臭いものに蓋」「見て見ぬふり」式の対処法を取ることにさほど違和感は覚えなかった。
所詮は二流三流なんだけどね、と気付いていながらも、他人が相手となれば称賛の言葉を惜しみなく送った。
そうすれば自分の点数が確実にアップするからね。



今となってはそれも過去の話。


ようやくあなたは自分の中にある光との和解プロセスに入りつつある。
もっとも、再び光に馴れ親しむようになったからといって、今すぐに幸福があなたの元に舞い込んでくるわけではないよ。
甘い期待は禁物だ。
もし、かつてのあなたが幸福感を感じていたとすれば、それはひとえに今は亡き「無邪気さ(innocence)」のおかげさ。
無邪気さがあなたの中で頑張っていい仕事をしていてくれたからなんだ。
やわらかで繊細な心が外敵に痛めつけられることがないように、周りをぐるりと取り囲んで防御してくれていたんだよ。


あなたは「傷ついた心を癒したい」って本気で思っているんだろう?
だったら、「無邪気さ」と、本当の幸福感との違いを理解した上で、両者をはっきりと区別できるようにならなければならない。
確かな識別力を養っていく必要がある。


かつてのあなたは、サイコパスや、いわゆる「友達」(実はあなたのことを糞味噌にけなしてばかりいたけどね。)と一緒にいた頃の自分は「幸せだった」と信じていたね。それが誤った思い込みであるとも知らずに。
よく考えてごらん。
当時、あなたは自分が心から幸せって言えただろうか?
幸せどころか、あらゆる点で人生が行き詰まり、壁にぶつかっていたじゃないか。
違うかい?


同様に、今はとにかく悲しさで心が押しつぶされそうだ、と感じている人もいるだろう。
だけど、「悲しい」からといって、あなたが「不幸せな人間だ」と確定されたわけじゃないよね?
むしろ逆じゃないだろうか。
あなたの人生は明らかに前よりも良い方向、幸せの方向へと向かっている。
確かに、心の中の光はまだまだ弱々しいかもしれない。
「もっと世界を楽しみなよ!」と誰かが励ましてくれたとしても、とてもそんな気分じゃない、というのが正直なところだろう。
毎日が辛く、しんどい。
仕方がないよね。今はそれ以外には何も考えられないかもしれない。


ただ、しんどいのは事実だとしても、何も永遠にもがき苦しみ続ける必要はないからね。
これは忘れちゃいけない。
あなたの心の中の光は、決して消滅してはいないのだから。
...いつかは必ず「時」が訪れて、再び表舞台に姿を現す日がやって来る。
今はその日をじっと待っているだけなんだ。


まだ頼りなく、一歩間違えばふっと消えてしまいそうな光でしかないかもしれない。
でもね、あなたが再び自信を回復し、他人と自分との間にしっかりとした境界線を引けるようになった頃には、あらゆることが変化していくよ。
大丈夫、心配しないで。
光はちゃんと戻るから。


愛。
霊性(スピリチュアリティ)。
そうした問題に対して、どのように向き合っていったらよいのだろう。
あなたもまた、自分なりの答を求めて今後も長い旅を続けていくはずだ。
そうこうしているうちに、光はますますその輝きを増していく。
いずれは誰一人として無視することなどできないほどに、心の中で大きな位置を占めるようになるんじゃないかな。


2019年6月5日水曜日

無邪気さの消失【1】

無邪気さの消失

症状:深い悲しみ、哀惜の思い、寂しさ、現実受容、世界を新たな角度から見直し、希望、知恵のひらめき。

悲しみと鬱状態。
この二つを同じものとして扱ってはならない。


絶望と恐れとに乗っ取られ、精神が麻痺したような状態。
それが【鬱状態】だ。


一方、【悲しみ】という言葉からは、そこはかとなく美の香りが漂っては来ないだろうか。
ところが【鬱状態】の方にはそれが無い。
美的要素があるか、無いか。
ここに着目すれば、【悲しみ】と【鬱状態】とを区別するのはそう難しくはない、と僕は思う。


今やあなたの魂は再び息を吹き返し、新たなる一歩を踏み出そうとしている。
この時期のあなたには【鬱状態】よりも【悲しみ】という言葉の方がむしろ似つかわしい。


嘘偽りの無い、本物の【悲しみ】が次々と波のように押し寄せて来る。
そんな自分に気付けたら、「よくがんばったね」とねぎらってあげよう。
ここまで来ればもう大丈夫だ。
長い長いトンネルの出口はすぐそこにまで迫っている。光が見えてくるのも時間の問題だろう。


空っぽで不毛な心にも、しくしくと痛む古傷にも、そろそろさよならしていい頃だ。
少しずつで構わないから、心の準備だけはしておこう。
いつ何時、次のステージに移行せよとの合図が出ても慌てなくて済むように。


あなたの「ソウルメイト」は死んだ。
嘆いてばかりいても仕方がない。今さらどうにもできやしないのだから。
後ろばかり振り返るのもいい加減止めにして、歩かなきゃ...。
覚悟を決めて、あなたはようやくここで自分と向き合う。
そして再び喪の哀しみへと引き戻される。
「二度と戻って来ない」のは、あいつだけではなかった、と気付いたからだ。
そう。【一昔前のあなた】もまた、永遠にこの世から消え去ってしまった。


以前は暇さえあれば奴のことばかり考えていた。
なのに、ある日を境に今度は「失われてしまった自分」の方へと急に関心が向き始めた。
───サイコパスと出会って、別れて、一体どれだけのものを失ったのだろうか。
幾度も幾度も同じ疑問文が頭の中を回り続ける。


ほとんどのサバイバーは口を揃えたかのようにこう答えるだろう。
「たくさん」。

友人関係。
お金。
仕事上のチャンス。
自尊心。
健康。
人間としての尊厳。
人により「損失」の内訳は違うけど、相当の痛手を負った、という事実はサバイバー全員に共通している。


だけど、上に挙げたような「損失」にしたって、実はあなたが思うほどダメージは大きくないんじゃないかな。
なぜかって?
後から取り戻そうと思えば、どうにかして取り戻せる可能性のあるものばかりだからさ。


あなた自身が一番根っこの部分へと立ち返り、本来のあなたらしさを取り戻していくにつれて、全てが「収まるべきところに収まる」はずだ。
だから焦らない方がいいよ。
バラバラになっていたパズルのピースも、本来の場所に戻りさえすればぴたっときれいに収まって、最初からずっとそこにあったかのように見えるだろう?
あなただっていつかはそうなる。自然に事が運ぶようになる。


以前と比べて明らかに良くなる部分もあるだろう。
その最たるものが対人関係だ。
少し前だったら考えられなかったような人々と親しくなるかもしれない。
付き合う人々の質は明らかに変わってくるだろう。


だが、たった一つだけ、あなたがどう頑張ったところで絶対に取り戻せないものがある。


かつてのあなたが持っていた無邪気さ(innocence)だよ。

Image by Free-Photos at Pixabay

断っておくが、僕はこの

「無邪気さ(innocence)」

という単語に

「無知(ignorance)」「世間知らず(naivete)」

のような、相手を蔑むようなニュアンスを込めるつもりは全く無いからね。
どうかそこだけは誤解しないでもらいたい。

【訳注: innocenceは純真無垢、天真爛漫、汚れの無さ 
...といった訳が当てられているように、プラスイメージの強い単語です。
「邪悪さとは一切無縁=>邪気が無い=>無邪気」 
と理解すればいいでしょう。】

ここでの「無邪気さ(innocence)」という単語は

【人間ならば誰だって、ひとつぐらいは長所があるものだ】という性善説に基づく思い込み
という意味で理解してほしい。
相手の言動をできるだけ良い方に解釈してあげようとする善意
と置き換えることもできるだろう。


誰かを信じ、愛し、身も心も全て惜しみなくその人へと捧げ尽くす。
それが「無邪気な人」にありがちなパターンだ。

【過去記事:「信じやすい心」 「「良く言えば柔軟性に富む、悪く言えば流されやすい」。
そうした傾向が自分の中にある、という事実は覚えておこう。

実は、あなたのような人達は、他の性格タイプと比べても催眠による暗示や、他者からの意見といったものからの影響を相当受けやすいんだ。一つ間違えば命取りとなるからね。気を付けて欲しい。」
https://sayonara-psychopath.blogspot.com/2018/10/blog-post_19.html


様々な修羅場をくぐり抜けたことで、あなたはすっかり変わってしまった。
以前のようなおめでたい人間観からは卒業だ。


人を疑うということを知らず、まるで無邪気が服を着て歩いていたような人。
そんなかつてのあなたは、もう二度と戻って来ない。

2018年12月21日金曜日

自爆モード~共感力豊かな人々の最終兵器~

自爆モード~共感力豊かな人々の最終兵器~

【自爆モード】。
これ、人の気持ちに寄り添うのが上手な人、つまり「共感力豊かな人」のほとんどには生まれながらにして標準装備されているんじゃないかと思う。


悪化する一方の人間関係を修復したくて、全力を尽くした。
だが、結局どうすることもできなかった...。
そんな時にスイッチON!となるのが、この【自爆モード】。
(まぁ、あれ以上努力したとしても、遅かれ早かれ行き詰まっただろうね。今ならわかるけど。)


では【自爆モード】の4段階、順番に説明していこう。


1.尽くし過ぎ

あなたは周りで起きる物事や身近な人々のことが気になって仕方がない。そこで、持ち前の共感力を発揮し、なんとかして彼らの気持ちに寄り添ってあげようと、精一杯頑張る。


新しく出会った人には、できるだけのことをしてあげよう、と出血大サービス。
できれば愛情と感謝というリターンが得られればうれしいんだけどな...と、ひそかな期待を抱きながら。


だが、いざ蓋を開けてみると、集まったのは少々訳あり物件といった感じの人ばかり。
彼らの尻拭いに忙殺されたため、予想以上に多くの時間とエネルギーとを奪われてしまう。


「別にそこまで気が合う人ではないけれど...」
それはわかっている。
とはいえ、今更縁を切るわけにもいかない。
「あんな人たちなんかのために、どうして...」と後々ひどく悔やむことになっても、時既に遅し、なのだ。


「この人/この状況に私が寄り添ってあげれば、きっと良い方向へと向かうはず。」
どうやら、あなたは妙な使命感のようなものに取り憑かれてしまったようだ。


2.怒り

気が付いたら周囲には「満ち足りる」という言葉の意味さえ理解できないような人々ばかりが群がっていた。
その痛々しい事実、まだあなたは直視できずにいるかもしれないね。
どいつもこいつも恩知らずばかり。
あなたがどれほど尽くしてやったところで、それ相応の見返りなんてあるわけもない。
これまで自分がしてきたことが全くもって無意味だった、と気付いたあなた。目の粗いザルで必死に水をすくおうとしていたようなものだ。
ようやくここで目が覚めた。


「あれほど一所懸命に助けてやったのに...」
今までの努力は一体何だったのだろう。
ついに怒りが爆発する。
そして、過去の自分、世間に見せてきた「表向きの顔」に対しても宣戦布告を突き付ける。
もう「いい人」を演じるのは懲り懲りだ。
これ以上いいようにこき使われてたまるもんか。


だが、その怒りも少々度が過ぎてしまったようだ。
殺気立った言動ばかり繰り返すあなたにうんざりした友人が、一人、また一人...と、遠ざかっていった。


3.孤独

夢と希望を大切にする人なら誰でも、一人静かに過ごす時期を人生のどこかで必ず持つことになる。
それも、かなりの長い間。


はじめは心地悪いなんてものじゃないだろう。
誰かに認めてもらえないと「自分は価値ある人間だ」との実感が持てない。だから、物心ついてから今までずっと、他人からの評価にすがりつくようにして生き永らえてきた。
そのような承認欲求の強い人にとって、人生初の一人ぼっちで過ごす時間はただただ辛く、しんどいものでしかないだろう。


やがて、この「一人の時間」は徐々に「楽しみの時間」へとその性質を変えていく。


人間って、他人からの反応を意識している間は、自分の内側に目を向けたり、悩み事や心の葛藤にがっちりと正面から向き合ったり、といったことにはなかなか気が回らないものなんだ。


唯一頼れるのは自分自身の判断だけ。
それが大いに推奨されるこの時期は、人生有数の、またとないチャンスだ。
やり方さえ間違わなければ、あなた自身の本当の姿が発見できると思うよ。


というのも、僕らにはどうしても「孤独な、一人きりの時間」が必要なんだ。
孤独な時間が無ければ、自分自身の立て直し作業などできやしない。
闇世界の使者のようなあいつとの出会いによって全消去されてしまった自分を、これから一つ一つ作り直していかなければならないのだ。
この際、もう一度ゼロからスタートするつもりで気合い入れていこうじゃないか。


4・バランス

1、2、3、と順を追って読んでもらえば、キーワードのようなものがおぼろげながらも浮かんで来ると思う。
あなたも既に気付いているんじゃないかな。


そう。
大切なのは「健全なバランス感覚」なんだよ。




いくら身近な人々だからといって、その意見にいちいち同調しなくたっていいし、気持ちの上で寄り添ってやる必要だって特に無いんだ。
共感力は誰彼構わず発揮すればいい、ってもんじゃない。
あなたの信頼と親切心を受けるにふさわしい人たち...つまり、受けた恩にはきちんと報いる、という作法を心得た人たち...のためだけに大事に取っておけばいいよ。
で、ここぞ!という時だけに使えばいいのさ。


そして、「いいようにこき使われたくない」からといって、何も強面(こわもて)をして横柄に振舞う必要など無いからね。
私にだって自尊心(self-respect)はあるのだ、と他人にはっきりと伝えたければ、生き方にそれを語らせればいいだけのことだ。
「自分自身を大切にする(respect)」という生き方でもってメッセージを発信すればいいんだ。


最後にもう一つ。
「これ以上傷つくのは嫌だ」との理由で、世間から引きこもり続ける必要も全く無いからね。
世の中に善良な人は大勢いる。
しかるべきやり方に則って古い自分をとことん破壊し、過去をすっきりさっぱり清算できたら、その時はあなたも不思議なことで満ち満ちたこの世界へ戻ってこれるよ。
再び世界の一員となって、活動できるようになる。


とにかく、健全なバランス感覚を見失わないことだよね。
それさえ注意すれば、本来あなたに備わっていた数々の資質は新たなる「才能」へとさらに高められ、華麗なる再デビューを果たしてくれるはずだ。
頼もしい助っ人となってあなたのことを終生支えてくれることだろう。


読者の中には、この【自爆モード】のスイッチに触れるのが恐ろしくて、何年間も、何十年間もひたすら逃げ続けてきた、問題を避けて来た...という人もいるかもしれない。


確かに逃げたくなるのもわかる。
だって、スイッチひとつで「ドッカーン!」と自分が破壊されるんだよ。
大地震並みの激しい揺れと、大混乱といった極度の精神的ストレスに嫌でもさらされることになるんだよ。
気乗りしなくて当たり前だよね。


だけど、あなたのように豊かな共感力を持つ人が本気で救われたいと願うのであれば、最終的にこの【自爆】というルート以外の選択肢は他に無いんだ。
辛い旅路になるだろう。
でも、自分の足で一歩一歩前に進むことによって僕らの中に「バウンダリー(境界線)」というものが少しずつ出来上がっていくのだから、どうしてもここを避けて通るわけにはいかない。


道は険しく、長い。
それでも黙って歩き続けていれば、やがて目の前の世界は再びその輝きを取り戻してくる。
以前とはまた違う角度から世界を眺められるようになる。
世界の素晴らしさにあっと驚かされ、そして感動にうち震える日だっていつか必ずやって来る。
せめてそれくらいのご褒美は許されていいよね。
さんざんな目に遭いながらも、多少は賢くなって無事に生還できたのだから。


2018年2月2日金曜日

【コラム】破壊

いきなり相手から突き付けられた別れ話。


サイコパスに目をつけられて、ターゲットにされたあなたにとっても、さすがにこれは想定外だった。
だが、奴にしてみれば、これまで時間をかけて綿密に練り上げてきた計画を粛々と実行しただけのこと。


ここに至るまでの間、奴はあなたについての嘘や悪い噂をあちこちに撒き散らしてきた。
「彼女/彼の情緒不安定さには本当にうんざりしてるんだ、だから最近うまく行ってなくって」といった周囲への根回しもさりげなく、目立たぬように行っていた。
おそらく、現在仕込み段階真っ只中にある次の犠牲者にも、あなたに関する悪口がたんまりと吹き込まれているはずだ。


そもそも、先に浮気に走ったのはあいつの方である。
なのに、友人たちと来たら、【実は、奴こそが真のクロ】という事実に全くもって盲目らしい。どうやらうまく丸め込まれてしまったようだ。


遂に「別れたい」との最終通告が届いた。
あなたは「用済み」認定されたのだ。
ものの数日も経たぬ間に、全てが終わった。


新しい相手と「これ以上望めないってほどの完璧な」毎日を過ごすあいつの姿を見せつけられ、あなたはもがき苦しむ。
傷口に塩を塗り込まれるようだ。
何とかして元のような二人に戻りたい、直せるところは直したい。そう思い、一人で必死に努力してきたのに。
まさかその裏で、あいつが別の相手に心を移し、既に親密な間柄にまで発展させていたなんて...。


Copyright:https://www.123rf.com/profile_samotrebizan


あのような連中に常人並みの反応なんて期待しちゃいけない。
頭ではわかっている。
だけど、あなたにずっと気を持たせておき、最後の最後で絶望のどん底へと突き落とすなんて。
いくらなんでもひどすぎやしないだろうか。


しかも、自分があれだけ非情なことをやりながら、あなたのことは「キチガイ」「嫉妬の鬼」と口汚くけなしまくっているのだ。
あなたの悪口を嬉々として周囲に触れ回り、新しい相手と手に手を取り合って、意気揚々とあなたの元から去って行ったなんて。
あんまりだ。


サイコパスは、普通の人々みたいに、きれいさっぱりと、後腐れ無く別れることができない。
奴は、あなたが自滅する様子を見てみたい、との願いを抱いている。
身体も、感情も、魂も、メタメタになってひとりでに崩壊していくあなたの姿をとくと見物してみたい、との望みを持っている。


愛が壊れた時ですら、娯楽として利用しないのはもったいない、と考えるような連中なんだよ。あいつらは。




【参考資料】
「自分はだまされていた、利用されていた、おだてられて操作されていた、そんなことがわかった時、能動的な人と受け身の人では反応が違ってくる。
 
もちろん、どちらも相手を憎らしいと思うし、くやしいと思う。しかし、憎らしさにとりつかれてしまうのは、受け身の人である。 
能動的な人は、憎らしい、くやしいという気持ちになるよりも、あの人たちとのつきあいはもう"嫌"だという気持ちになる。 
能動的積極的な人は、相手の正体がわかった時、その人と無関係になろうとする。  
自分が恋していた男はこんな男だったのか、自分が尊敬していた親はこんな人間だったのか、自分が信じていた友人はこんな人間だったのか、そうわかった時、とにかく無関係になろうとする。
自分はだまされていた...そうわかった時が、天国と地獄の分かれ道なのである。」
(...)
「だが、考えてみれば、恋人や親のいうことを信じてしまったのは、彼らに対して依存心があったからである。 
そして、その人間への依存心を克服できないでいるから、憎しみにとらわれて、一生を復讐に費やしてしまうのだ。
それこそ、残りの人生まで、そんなくだらない人間にメチャメチャにされてしまうのである。
 
その人が温かそうな声を出していたのを、温かいと信じていたのは、自分に依存心があったからである。 
自分に自律性が備わっていれば、その温かい"ふり"をしたそぶりや声の調子に、冷酷なものを感じて、"ゾッ"としたはずである。

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「(...)能動性が身についていればいるほど、こらえきれないくやしさからの復讐ではなく、相手とは無関係の道を選ぶのではなかろうか。 
なぜなら、能動的であればあるほど、相手の汚さに耐えられないからである。 
(「自分を嫌うな」加藤諦三、三笠書房、1984、pp. 170-173、太字強調は引用者による。)

2017年10月3日火曜日

【番外編】「スピリチュアル・ナルシシズム」(スピ系自己愛)のページ、作りました。

ご無沙汰しております。管理人・あらいぐまポムポムです。
しばらく潜入取材・兼・充電目的の長旅に出ておりました。


このたび「別棟」として「スピリチュアル・ナルシシズム spiritual narcissism」(霊的ナルシシズム/スピ系自己愛)の問題を扱う小部屋を新たに設けました。
「さよなら、サイコパス」の続きを楽しみにしてくださっている方々、申し訳ありません。
決して中断したわけではありませんので、誤解なさらないよう。


「スピリチュアル指導者」を名乗る人々が巷にあふれる昨今。
残念ながら、その中には「あんた、人に指導なんかしない方がいーんじゃないの、指導どころかかえって害毒になってるよ!」って言いたくなるような輩も、少なからず混入しています。
法による規制の無い「何でもあり」の混沌とした業界ですからね。
消費者自身が賢くならないと、たちまちカモられてしまいます。


無責任な「指導者」による霊的搾取に泣かされる人々をこれ以上増やしたくない。
事が事だけに、被害者が泣き寝入りしてしまうケースが圧倒的ではありますが、せめてその人達に「あなたはそんなに悪くない」ってことだけは訴えたい。

...そのような思いで、今回、こちらの「さよなら、サイコパス」HPにおいて、「スピリチュアル・ナルシシズム」(スピ系自己愛)という問題に関する情報を発信することに決めました。
危険信号を早めにキャッチできれば、被害も、心の傷も、最小限に食い止められますものね。
一人でも多くの方のお役に立てれば、こんなうれしいことはありません。


事態はそれほどまでに深刻化しているのです。
もはや黙って手をこまねいているわけにはいきません。


前置きが長くなりました。
記念すべき最初の翻訳記事はこちらです。

「自己愛的な『スピリチュアル指導者』を見抜けなかった私」

今回は、リンダ・マーティネス・ルーウィ(Linda Martinez-Lewi)博士という米国人専門家によるブログ記事を翻訳しました。
Dr.リンダは自己愛性パーソナリティー障害の被害者カウンセリングがご専門。臨床心理学で博士号をお持ちです。
アメリカでは既に2冊の著書を発表していらっしゃいます。


・・・自分は霊的に覚醒している、
悟りを開いてる、
高次のレベルに到達している...。


そのように信じ込み、自分の素晴らしさに酔いしれるがあまり、聴衆にも同じような反応を期待する【自称・指導者】【スピリチュアル・リーダー】。


自己愛人間っぽい性格をストレートに表に出すか出さないかは、人によりますし、観衆/聴衆の知的水準によっても変わってきます。
なので、一見して「うわっ、自己愛人間だ!」との印象を受けることはあまり無いかもしれませんね。
彼らにとっては、目の前の相手の反応に合わせて自己愛の露出度レベルを微調整するなんてことは、ほんの朝飯前。
カメレオンのように変幻自在、つかみどころが無い、実に困った人々です。


自己愛的傾向を持った「指導者」は、目の前にいる客をざっと見渡して「どういうイメージが受けるのか」をいち早く察知します。
で、「今回の聴衆に対しては、少し本性を隠して『おとなしめのキャラ』をかぶった方が受けそうだ」と、感じ取ったとしますね。
すると、その「指導者」はすぐさま自己愛ボリュームを絞り、「謙虚で控えめな、霊性の高い自分」を演出し、そのイメージに沿って自分を表現するのです。


素のままで堂々と勝負できる【本来の自分】がしっかりと確立していないから、受けそうな「キャラ」を場当たり的に身に着けるんですね、その手の「指導者」は。
Dr.リンダの記事に登場する瞑想の先生の例でもわかるように、「以前会った時とどうもキャラが違うような...」という違和感が生じるのは、そのせいです。

【参考過去記事:「あの人、サイコパス? 気付きたい、30の危険信号【3】」より 】
「一緒にいる相手によって、異なるペルソナ(仮面)を使い分けるのが、このサイコパス人間。目の前にいる客の要望に合わせて、自らを千変万化させる。だが、彼らも時々へまをする。あなたには決して見せたことのない別の仮面をかぶったまま、あなたの方へと向いてしまった。はっとそれに気付いた瞬間に味わう不気味さと言ったら、何とも形容し難い。
あなたは徐々にこの人物につきまとうモヤモヤ感に気付き始める。」


そういう小ずるい芝居をするのが常となっているので、長期間接している生徒でもなかなかその正体を見破ることはできません。


生徒は、この「スピ系自己愛」の「ペルソナ(仮面)」の、好ましい部分だけを見て「立派な先生だ」と、尊敬の眼差しで見るようになります。
そして、じわりじわりと自己愛的な「指導者」のやり方に洗脳されていきます。
考え方、行動、その他生活のあらゆる面において「指導者」から言われた「これはああしろ」「あれはいけない」に影響されていき、いつのまにか相当まずい方向へと誘導されていた...。
これ、決してあり得ない話ではないのです。
Dr. リンダの体験談からもわかるように、世界中のたくさんの人たちの身に、同じようなことが実際に起こっています。



だけど、そうした【スピ系自己愛】が外の世界に見せている「聖女」「聖人」気取りの仮面をひと剥ぎしちゃえば、ダークな本音の部分はみーんな同じなんですね。
「絶対服従してくれ」
「賞賛してくれ」
「金を貢いでくれ」
…もう、この三つに尽きるでしょう。


“Psychopath Free"(こちらのブログの原本です)や、こちらの翻訳ブログでも長々と扱っている、サイコパス人間特有の奇妙な習性や思考、そして常人の理解を超えたぶち切れ反応(自己愛憤怒)や、人を人とも思わぬ冷酷非情さ。
この「スピ系自己愛人間」を理解する上で、非常に参考になります。

「お前らみたいなレベルの低い凡人/俗人とは所詮、次元が違うんだ。間違っても一緒にするなよな!(このボケ!) 
ぶっちゃけ、お前らの幸せだとか霊的学びだとか、私/俺/僕にとっては、はっきり言ってどーでもいいこと。お前らが後で泣こうがわめこうが、そんなのこっちの知ったこっちゃない。
ありあまる賞賛、そして精神的隷従(と、できれば金も)。  出せるだけ全部出して、それをそっくりそのまま私/俺/僕に捧げて欲しい。それが、本音さ。」

耳に心地良い言葉、ニセの謙遜、偽りの慈愛ポーズ。
そうした「エサ」を派手にばらまいては人をひきつけ、知らず知らずのうちに自分の弟子・手下にしてしまう。


途中で「何かがおかしい」と気付いて離れた生徒に対しては、「あのぶどうは酸っぱかった」と強がるキツネの屁理屈(イソップ物語)でもって、ボロクソにけなし、
「あの人の末路は悲惨なことになるに違いない」と、何の根拠もない「予言」でもって呪いをかける...。


しかも困ったことにこの「指導者」、さりげな~く「自分アゲ、他人サゲ」という心理戦術を駆使するのに長けているんですよね。
スピ系自己愛の「指導者」にすっかり心を許してしまった人たちは、元来素直で真面目で人を疑わない性格であることが多いため、いとも簡単に以下のような「思いグセ」を心の中にインストールしてしまいます。


「やっぱり私はまだまだ努力が足りない。こんなことじゃいけない。もっとがんばらなくっちゃ!」


そうやって、純粋に「指導者」の言う事を信じて努力する人ほど、「自分、ダメダメじゃん。」の無限ループ蟻地獄に陥っていきます。


しかも、現に自分が今、地獄へと落ちつつある...ってことに全く気付いていないんですよ。
仮に気付いたとしても、そこから這い上がり、正常な自尊心レベルにまで到達するのは至難の業、っていうのがまた、恐ろしいです。


周囲に似たような体験をした人など皆無。
なので、誰かに相談するというわけにもいきません。


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スピリチュアル・ナルシシストが仕掛けた、「指導者アゲ⤴アゲ⤴で、教え子サゲ⤵サゲ⤵」という思い込みの罠(トラップ)…。


どこまで行っても、いつまで経っても、出口は見えてこない。
幸せの後姿すら、一向に見えて来ません。
...こんなに一生懸命「師匠の教えをしっかり守る、いい子ちゃんな自分」でもってがんばっているというのに、一体何が間違っているんだろう...。


「何かがおかしい」
「モヤモヤする」
「以前と比べて、自然な感情が出にくくなった気がする。」
「生きている心地がしない。」


気付いて、目覚めて、スピ系自己愛「指導者」の洗脳/呪縛から逃げ出さない限り、生徒たちはいつまで経っても迷える子羊状態のまま。
ゆるやかに生きるエネルギーを奪われていきます。


「指導者」の手の届かぬところへ一旦逃れるというオプションもあるんですけどね。
でも、それに気付かないまま、生徒たちは「指導者」の足元をウロウロとさ迷い続けます。
そもそも、そんないい加減な「自称・指導者」の中に答えなど最初から無いというのに、ね。


経験した方はご存知でしょうが、【スピ系自己愛】が取り巻きを引き留めようと必死に打ってくる作戦って、結構効き目あるんですね。
何せ、「人が周りにいないくらいなら死んだ方がマシ、孤独にだけはなりたくない」、と四六時中考えているような人達ですから。
相手の罪悪感や恐怖心に訴えて、自分から離れていかないようにするのは得意中の得意です。


精神世界・スピ系の本が好きで、いろいろと先生ジプシーをした経験をお持ちの方。
「ん...?何か、この先生、妙...。」と違和感を覚えるような「自称・指導者」にどこかで出会ったこと、あるでしょう?
一人や二人は。


ひょっとしたら、その自称・「指導者」、危険なサイコパス気質を「霊的に進んだ人」というご立派な隠れ蓑の下にこっそりと潜ませている


【スピリチュアル・ナルシシスト】
(スピ系自己愛)


かもしれませんよ。


操られてはいけません。

騙されてはいけません。

魂の自由と尊厳だけは売り渡しちゃいけません。

そうならないために、一緒に防御策を学んでいきましょう。


長らくお待たせしている「さよなら、サイコパス」本文の訳出と並行しながら、スピリチュアル・ナルシシズムに関する良質の海外記事を翻訳・アップロードしていきます。
(たまに管理人が昔書いたブログ記事も差し込む予定です。)


不定期更新となりますが、よかったら時々覗いてみてください。

2015年5月31日日曜日

ワードサラダ 〜 一体、何が言いたいの?【2】

4. 自分の悪行を棚に上げて、「お前が悪い」

サイコパス人間があなたを被告人に仕立てあげる手口については、「気が付けば、被告席に」の項で既に説明したのでそちらを参照して欲しい。


口論が白熱してくると、サイコパス人間には恥というものが無くなる。奴等は、自分の事を棚に上げて
「お前はこれこれ、こういう人間だ」
「あんたってそういう奴よ」
と、文の主語をあなたに置き換えては、一方的に罪をなすり付けて来る。

【参考記事➀ 

結局、自分のことしか考えない人たち 
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[自己愛人間は] 耐えがたい恥の意識を回避するために、入ってくるメッセージを屈折し、ゆがめるプリズムを用いる。
(...) 
彼らはたえず自分の好ましくない部分を他者に投影する。 

*投影:心理学で、考え方や行動に心の内面が表現されること。自分の性質を他人の性質にしてしまうこと。投射。 デジタル大辞泉による定義/コトバンクより  

そして、その性格や感情をまるで相手が所有するようにふるまいはじめ、さらには相手にそう思い込ませる。 
だが、あなたは結局、彼らが払い落としたちりのように扱われるか、彼らの屈辱感や怒り、弱さ、不全感ーーー自分には価値がないという意識ーーーを引き受けるはめになる。
彼らが投げつけたものを、あなたが吸い込む。
べたつく不快な瞬間ののち、それはもうあなたのものだ。」
(pp. 92-92)

彼らのやり口は、単なる投影のレベルでは終わらない。
ごくありふれた投影だったら、ほとんどの人が知らず知らずにやっていることだからね。
サイコパス自身は、自分が何をしているか分かった上で、自分の中にある嫌な部分をあなためがけてドサッと投げつける。で、「これ、お前のだよ」と言うんだ。
あなたがどういう反応をするか、見てみたくて。


さすがに、彼らの口から出る言葉と実際の行動との間に、そこまで大きな不一致があると気付けば、あなただってこれ以上黙って見ているわけにはいかないだろう。












  【おまけ〜身近な「投影」の例〜】
すっかりスリムになってきれいになったX子。 
それに対し、同僚のY美が「何さ、男にモテることしか頭に無いくせに!」と、口さがないコメント。 
実は、X子には「ヨガインストラクターになって、世の中の人達にヨガの素晴らしさを伝えたい!」という目標があった。痩せたのは、毎日の練習と、食事内容・量の見直しによるところが大きい。 
妬み深い性格のY美は、「男にモテたくてたまらない」という願望を、X子という真っ白なスクリーンの上にはからずも「投影」してしまった、というわけ。 周囲の人に「私はこういうゲス人間です」と公言したも同然である。

©123RF


5.多重人格

「ワードサラダ」状の会話を延々と続けるうちに、あなたはいくつもの異なる人格と話をしているような気にさせられるだろう。「良い警官、悪い警官、錯乱した警官、ストーカー警官、怖い警官、赤子の警官」...といった具合に。


口汚い罵倒や、嘘に次ぐ嘘に疲れきったあなたは、相手から距離を置き始める。
すると、相手は例の、理想化段階の頃の日々を想起させるような態度を取り始め、あなたを逃がすまいとする。
空約束を連発する相手に、またもや騙されてしまうあなた。再び元の辛い状態へと引き戻される。


だが、そんな相手の作戦も、行き詰まる時が来る。そうなると、相手は突然、何の前触れもなく罵倒モードに突入。理想化段階の頃に手放しでほめちぎっていた部分めがけて、あなたをコテンパンに叩いてくるだろう。
「えっ!? 一体、今の、誰...?」と、とっさのことに訳が分からず、あなたは混乱状態に陥る。
無理もない。今、あなたの眼前で展開されたのは、何とかして状況をコントロールしようともがき苦しむ複数の異なる人格が、内側から爆発を起こす、という凄まじい光景だったのだから。


こうした連中の醜態については、われらが PsychopathFree.comの頼れる管理人・ヴィクトリアが見事に描写してくれている。

「まさに、鎖から解き放たれた悪魔が、正体を見破られどうしようもなくなり、憤怒発作を起こした姿。 
身をよじり、のたうち回り、悶絶し、ゲロを吐き、お世辞の一つや二つも言い、火花を散らし、で、も一つ最後にゲロ吐いて...といった感じだったわよ。」

6. 犠牲者はいつまで経っても犠牲者

サイコパス人間が浮気し、嘘をつくたびに、なぜか毎度毎度蒸し返されるのが、昔付き合っていた虐待男・キチガイ女がらみの話だ。


どういうわけか、あなたはそんなひどい男/女と関わったサイコパス人間の方を「この人、かわいそう‥‥」と思ってしまう。実際のところ、ひどい仕打ちをしたのは、ほかならぬあいつら自身だというのに。


なのに、あなたはこの、「いろいろと複雑な気持ち」(彼らの弁では、だが)にばかり目を向けてしまい、しかもその「複雑な気持ち」とやらを取っ掛かりにして彼らとの間に絆を結びたい、などという的外れな期待を抱いてしまう。


サイコパス人間がまんまとあなたの目をくらまし、とりあえず正体を暴かれる心配が無い、と読んだら最後、事態は再び坂道を転げ落ちるかのように悪化の一途をたどる。
結局、あのような奴等との間には「絆」なんてものも、「魂レベルでの深いつながり」なんてものも、最初から存在しなかったのだ。


とにかく「ひどい目にあった!」と大声で叫ぶのがサイコパス人間。
...でも、最後に丸裸にされて全てをむしり取られるのは、彼らではない。


あなただ。