2018年10月9日火曜日

「私、サイコパスかも?」

「私、サイコパスかも?」


サイコパス被害のサバイバーは、

「もしかして、私もサイコパス?」

との不愉快極まりない結論へとたどり着くことがある。
しかもこれ、かなりの頻度で起こるから厄介だ。


あなたは、何ヶ月もかけてこの問題について学んできた。
奴との間に起こったことも、何度も何度も頭の中で反芻(はんすう)してきた。
ここまでやれば、さすがのあなたでも自分の人格、自分の内にある善良さが果たして本物なのか、それとも偽物なのか、と勘繰りたくもなるよね。
そうなるのも致し方ないことだ。


確かに、お世辞にも気持ちの良い話題とは言えないからね。
なのに、一度はまると中毒性は相当高いと来ている。
いざ止めようと思っても、関心ゼロの状態へと一気に持っていくのは難しい。


考えごとをしていても、ふと気が緩んだ途端、たちまちサイコパスにまつわるあの話この話で頭の中がいっぱいになってしまう。一旦そうなると、流れはなかなか変えられない...。
こんな調子では、周囲の人間関係全てに仕入れたばかりのサイコパス知識を当てはめたくなるのもまぁ、当然だよね。


だが、疑いの目は否応なしにあなた自身に対しても向けられることとなる。


僕もいろいろ考えてみた。
そして、
【あなたはたぶんサイコパスじゃない】と納得してもらえるだけの理由をいくつか導き出すことができたように思う。


回復への道を歩む人にとって、最も有害で、避けるに越したことがないもの。
それは、


【私は邪悪な人間かもしれない】 
という、自分自身へ向ける執拗な疑い、そして蔑み


──ではなかろうか。



いいかい。
あなたの場合、自分が邪悪な人間か否か?なんてことで気に病む (worry) 必要など、少しも無いんだからね。
ちなみに、この「気に病む (worry) 」という単語、サイコパス理解の上で重要なキーワードだから覚えておくといいよ。


だって、本当のサイコパスだったら、自分が善か悪かといった問題で「気に病む」ことなど無いのだから。 
絶対に。


気に病まない、だけじゃない。
そもそも「気に留める (care) 」ってこと自体しないからね。連中は。



今、あなたが恐怖に震えている理由。
それは、あなたにとって、「サイコパシー」という精神の病があたかも諸悪の根源であるかのように感じられているから、だよね?


奴らのサイコパシー観は、一般人が抱くそれとは全く異なる。
自分が生じさせた問題に関して、「とんでもない病気」(実際、とんでもないんだけど)が原因だ、と奴らが認めることなど、まずあり得ない。
むしろ「病んでいる」こと自体が自分の強みだ、と本気で思っていたりする。
自分には良心が欠落している、それゆえ、自分は他よりも傑出した存在なのだ...。
サイコパスならば、そう考える。



さて、あなたはこのような奴らの発想パターンについていけるかな?
「まさか!」
「無理!」
...だよね。
当たり前だ。


だったら、どうしてあなたは「もしかして、自分もサイコパスなんじゃないか?」と、自分に対しても疑いの目を向けてしまうのだろうか。
考えられる理由は6つほどある。
順番に紹介していくとしよう。



1.サイコパスがあなたにそう思わせたから



サイコパスと付き合っていた時のことを思い出して欲しい。


奴は、最初から最後までずっと、自分自身の欠陥をあなたへの悪口という形に変換し、それをあなためがけて投げつけて来る...といったパターンを繰り返していなかっただろうか。



「意地汚い」
「嫉妬深い」
「重たい」
「口うるさい」
「性悪」
「頭おかしい」


...といった類の悪口を。


奴らの攻撃をまともに食らったあなたは,


「ああ、私ってそういう(意地汚い、嫉妬深い、重たい...)人間なんだろうな」


と、じわじわと思い込まされていったのだろうね。

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【訳者注:この、「少しずつ(相手の意向に沿うように)思い込まされる」というプロセスが、いわゆる「マインド・コントロール」ですね。詳しくはこちら⇓の本が参考になります。 
カルト宗教や怪しい自己啓発セミナー以外にも、マインド・コントロールによって人生狂わされるような場面はたくさんありますからね。もちろん、職場や家族関係などの身近な人間関係の中にもたくさん潜んでいます。ピン!と来た方、ご一読をお勧めします。】 
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「自己愛が他人を攻撃するセリフは自己愛本人が一番気にしてることそのままの『自己紹介乙』ってのが定番。」


(「モラハラ資料」内、「自己投影・投影同一視による攻撃」のページより引用。http://mora110.blog.fc2.com/blog-entry-22.html )

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では、ここで僕からあなたに質問だ。


「今まで、交際相手や友達と一緒にいて、対サイコパスの時みたいに『自分はダメ人間だ』『悪いのは自分だ』と思ったことはあったかい?」


【いつもさん(Constant)】と共に時間を過ごして、『自分はどうしようもない奴だ』と感じさせられたこと、あったかい?」



もちろん、答えはいずれも「NO!」だよね。
これら二つの問いに共通する要素、一体何だろう。
そこに着目するといいんじゃないかな。



上に挙げたような罵り言葉(意地汚い、嫉妬深い、重たい...等々)は全て、いわゆる「サイコパシー(精神病質)」に侵された人物の内側にある病んだ部分が表面に出たもの、として読まれるべきなのだ。
病んでいるのは、口汚く罵っている当の本人。


過去を振り返れば、あなただってそのような傾向(意地汚い、嫉妬深い、重たい...等々)を多少は表に出したことがあったかもしれない。
でも、それはある特定の人物と一緒にいた時に限っての話、だよね?
他の人々との間では全く問題にもならなかっただろう?



単なる偶然と片付けていいものだろうか。
「意地汚い、嫉妬深い、重たい...」
あいつと距離を置くにつれて、そうした負の性質は徐々に「姿を消していった」んじゃなかろうか?
だとしたら、それは単なる偶然などではない。



サイコパスの被害に遭った人々には、何か問題が起こると「私が悪かった」と一方的に思い込み、下手をすると相手の尻拭いまでやりかねないような、自責傾向の強い人が多い。


「私が全てを許し、あの人のことを理解してあげさえすればいいんだ。
そうすれば、以前のような夢の理想化段階が再び戻って来るに違いない。」


このような思い込みをしがちな人たちが、サイコパスの被害者の中には少なからず見られる。



しかも、被害者はその自責傾向の強さがあだとなって、後々さらに深刻な問題を引き寄せることとなる。
被害者は、サイコパスが犯した悪事や、その人格的な欠陥まで全部ひっくるめて自分の内側に取り込んでしまいがちだ。
だが、自分ではそのことに気付いていない。
気付いていないからこそ、「やっぱりあの人の言う通り。私ってつくづくダメな奴だな。」と、誤った結論を下し、自分を窮地に追いやってしまうのだ。



だから、自分らしさがむしばまれていきグランドフィナーレを迎えた頃のあなたは、自己嫌悪の巨大な塊と化していたはず。自分にほとほと愛想が尽きていたんじゃないかな。
そうなるのも無理はないよね。


かと言って、当時のあなたを一方的に責めるのはあまりにも気の毒というもの。
だって、あの頃のあなたはサイコパスから盛られた毒を受け止めるただの入れ物でしかなかったのだから。
あなたらしい部分などほとんど残っていなかった。


これから先は、時間の経過が何よりの薬となるだろう。
「ノーコンタクト(絶縁)」ルールを厳守し、サイコパスから距離を置いていれば、本来のあなたらしさも徐々に戻ってくることだろう。
そう。
奴から受けた罵り言葉は、どれもこれも根も葉もない中傷だった。
あなたとは何ら関係の無い、めちゃくちゃな言葉の羅列でしかなかったんだよ。



奴の魔の手から無事逃れられれば、しめたものだ。
「違う! 私はそんな醜態をさらすような人間じゃない!」
いつか必ず、確信を持ってそう言えるようになるよ。





実際、あなたは前にも増してより優しくなり、
共感力が高まり、
他人への心遣いにあふれているように見えるよ。



また一段と本来のあなたらしさにぐっと近付いてきたようだね。
本当のあなたと再び巡り会える日も、もうすぐだ。