2019年2月20日水曜日

仕切り直し【Do-Over】

PTSDと関わりが深い感情で、最も多く見られるものといえば、やはり【無力感】になるだろう。


虐待を受けている間も、そして虐待から逃れた後も、あなたは自分の無力さを嫌というほど思い知らされたのではないだろうか。
「どうあがいてみても、私にはこの状況は変えられない」といった具合に。


あいつと出会ってからのあなたは
心奪われて
裏切られて
利用されて
挙句の果てに捨てられたよね。


避けようにも避ける方法など存在しなかった。
あなたができることなど何一つなかった。


低空飛行を続けていた自尊心が底を打った、まさにその時。
どこからともなくサイコパスが現れ、残された自尊心の最後の一片まで全てかっさらって去って行った...。
状況説明をするならば、こんな感じになるだろうか。


あいつのせいで、ヒステリックに泣き叫ぶ姿まで世間にさらして大恥かいたよね。
あちらにとっては願ったりかなったりの展開となった。


もちろん、奴のあなたに対する態度が最悪だったことは今更言うまでもなかろう。
貧乏くじを引いて泣きを見るのは常にあなたの方だった。
なのに、「勝ち星」はいつもあちらの頭上に輝いているかのように見える。
なぜなんだ。
そんなの不公平じゃないか。
(この件については本書の後半でさらに詳しく触れるつもりだ。)


で、途中であなたははっと気が付く。
「私、勝ち負けゲームの対戦相手としか見られていなかったんだ」
と。
その瞬間、圧倒的な無力感が雪崩のようにあなたを襲う。
あれはまさに、息も止まるかと思うほどの衝撃だった。


「お願いだから」
「どうかそれだけはやめて」
ひたすら低姿勢で懇願ばかりしていたあの頃の自分。
情けない、みじめな自分の姿がしょっちゅう脳裏に浮かんで来ては、今なおあなたを苦しめる。
もうわかるだろう。
あいつ、あなたが悶え苦しむ姿を見ては、ひそかな快楽を味わっていたんだよ。


「頭おかしいよ!」
「嫉妬心強すぎじゃない?」
当時はそうした奴からの非難にいちいちへこみ、傷ついてばかりいた。
だが、今ならはっきりわかる。
いや、自分は決して間違っていなかった、と。
...二股三股かけての不貞行為を続けていた卑怯者。
それは他ならぬあいつ自身のことだった。
あなたの側には落ち度など無かった。


そこであなたは考える。

「もし、あいつがもう一度だけ連絡取って来たら、今度は
私があいつを無視しまくってやるんだ。私がやられたのと全く同じやり方でもって


ここではそうした作業を【仕切り直し(a do-over)】と呼ぶことにしよう。


圧倒的な無力感に押し潰され、倒れてしまった魂。
こういう方法にでも頼らない限り、自分を立て直し、回復へと向かって歩き出すのはかなり難しいのかもしれないね。
あくまでも僕の仮説だけれども。


誰もが持っている、想像力。
実は、この想像力には僕らが考える以上に大きな力が秘められているのだそうだ。
「これ以上心が傷つけられるのはイヤだ!」といった場面に遭遇した時、想像力はそれ以上黙っているわけにはいかない。
目を覚まし、活発に動き始める。
それは大切なあなたをさらなるダメージから守ろうとする自然のはたらきなんだよ。


だから、嫌な記憶が戻ってきて、いつまでも振り払うことができずに困っているようならば、想像力に一仕事させてみてはどうだろう。
好きなだけいろいろ想像してみればいいよ。
そして、自分の中だけであいつとの関係を「仕切り直し」するのだ。
まぁ、脳の厄介な部分がしゃしゃり出てきては「それ、所詮【作り話】でしょ?ホントのことじゃないよね?」と野暮なツッコミを入れてくるだろうけどね。
そこは各自、上手にスルーしてもらいたいな。


要するに、「あれは本当にあったことだった」と自分の中で一度決めたら、ひたすらそう思い込め、というだけのこと。
そのうち、話の一つ一つがまるで【本当にあったこと】であるかのように感じられてくるはずだ。


「どうか許して...」
涙で顔をぐしょぐしょにしながらあいつの足元にひざまずいた、だって?
そんなこと、多分実際には起こっていないと思うよ。
あいつの悪口があまりにもゲス過ぎて、逆に笑い飛ばした、ってことならあっただろうけど。


平身低頭してあいつにペコペコ謝りまくった。
果たして本当にそうだったっけ?
あいつに面と向かって「さっさと謝罪しろ!」って逆にあなたの方から要求したんじゃなかったかな。


あいつに無視・だんまりを決められたのが辛くて、泣いてばかりいた。
...いや、そういうことは起こっていないよ。
むしろ逆じゃないかな?
あなたの方でムカつくあいつをガン無視してやった。
確かそうだったよね?


これ以上は無いってほどに残酷なやり方でポイ捨てされた。
いや、それもちょっと違う。
きっぱりと別れを告げ、二度と話すまいと決めて奴と絶縁したのはあなただ。
真の勇者は、あなた。
あいつじゃない。


僕がここでやろうとしているのは、あなたが経験させられた屈辱という屈辱の全場面をとことん解体する作業なんだよね。
一旦全てをバラバラにした後で、想像力を駆使して奴とあなたとの力関係を再構成し直す。それが最終的なゴールだ。


這いつくばり、必死の形相でもがき苦しむあなたの姿を見下ろしながら、あいつが不気味にほくそ笑んでいる。
そんなおぞましい場面の記憶、もうよみがえらせなくったっていいじゃないか。
二度と思い出さなくたっていいんだよ。


では、これから先、一体どんなことをしていけばいいのだろうか。


あなたは既にサイコパス/病んだ精神の持ち主に関してはたくさんのことを学んだはずだよね?
今度はその豊富な知識でもって自らをしっかりと武装し、身を守らなくてはいけないよ。
自分が強者であるかのように考えるんだ。
強者なのだから、強者にふさわしい立ち居振る舞いを身に付けよう。
元々はあいつから仕掛けてきたゲームだけれども、このまま冷静に闘いを進め、最後に全戦全勝という栄誉を手にする。
そういう結末へと持ち込まなければならない。


僕個人としては、虐待がらみの人間関係から回復しつつある人の場合、想像力に頼ってでも自分を立て直しするのはごく自然で健全なことだと思っている。
脳内で同じトラウマを何度も何度も再生し、追体験で苦しむよりは、想像力の力を借りてでも速やかに傷から回復する方が、本人のためにもなるのではなかろうか。


だって思い出してもごらんよ。
かつてのあなたは、豊かな想像力を駆使することであいつの虐待行為ですら記憶からきれいに消し去っていたよね?
脱価値化が進み、扱われ方がますますぞんざいになっていった時期に至ってもなお、あいつの「長所」を美化しようと、随分話を膨らませていたよね?
(そもそもあいつに長所なんてあったっけ?)


せっかく豊かな想像力に恵まれているのだから、今ここで使わなきゃ絶対損だよ。
頭の中に鮮やかなイメージを描いて、自分を変えていこう。
辛い状況からはさっさと脱け出そうじゃないか。
持っているものは大いに利用したらいいよ。


大丈夫。
時が経てば、全ての過去を冷静に検証できるようになるはずだから。
恥も外聞も忘れて取り乱し、ショックに打ちひしがれ、不安で心が一時も休まることなく、半ば狂気と呼べる域に達していた。
そんな過去も確かにあったよ。
でも、あなたは当時の自分を恥じる必要なんてこれっぽっちも無いんだ。
堂々としていればそれでいい。


本当のあなたは、優しい心の持ち主のはずなんだ。
だけど、あそこまで異常な状況へと放り込まれてしまっては、さすがのあなただってそう冷静に振舞ってばかりはいられないだろう。


あいつは、あなたに備わっていた素晴らしい性質や才能をことごとく搾取し、台無しにした。
しかも何一つまともなフォローもせずに突然立ち去った。
これだけの仕打ちを受けた人に対し、暴発するな、落ち着け、なんて言う人がいたらそっちの方がむしろクレイジーじゃないだろうか?
そんなひどい目に遭わされたら、誤作動起こして醜態の一つや二つさらすのも仕方ないじゃないか。
僕だったらそう思うけどね。


このような結論へとたどり着くまでには、僕自身もかなりの時間を必要とした。
そうした時間を経た今、僕はかつての自分・ジャクソン君を、敬意のような、称賛のような、そんな不思議な感情とともに見つめ直している。


あのような極限状況にあってもなお、ジャクソン君は精一杯頑張っていた。
力の限りを尽くしていた。自分にできることは何でもやって。
だから僕はあの頃の自分を心からほめたたえてやりたいんだ。
多分、その気持ちは死ぬまでずっと変わらないと思う。


もちろん、最初からあんなひどい目に遭わずに済ませられるのであれば、きっとそれがベストなんだろうね。
もしもタイムマシンがあって時間を遡ることができるとしたら、過去の自分に会って、助け舟を出してやりたい。
実は、そんな気持ちも僕の中にはちょっぴりあるんだ。


...だけどね、そんなことして一体何になるというんだ?


そういう形での【仕切り直し(do-over)】は、やったところで全く無意味だ。


今の僕にとっても、過去の僕にとっても、何一つプラスになりはしないだろうね。


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