2018年11月7日水曜日

【境界線(バウンダリー)】の発見

3.【境界線(バウンダリー)】の発見


悪びれもせず、浮気。
嘘を吐いては、罵詈雑言を連発。
人を操り、さんざん混乱させておきながら、後は知らぬ存ぜぬの一点張り。
いずれも「加虐者(abuser)」にはありがちな行動だ。


我慢に我慢を重ねてきた被害者も、これ以上は無理、というところにまでとうとう追い詰められた。
勇気を振り絞り、いざ反撃に出ようと身構えたのも束の間、どういうわけだか妙に後ろめたい気持ちになってしまい、思うように言葉が出て来ない...。
よくある話だ。思い返すと今でも胸の奥がざわざわとかき乱されるよね。
もういい加減に手放そうよ、こんな不愉快なモヤモヤは。
そして少しでも心を軽くしようじゃないか。


【境界線(バウンダリー/boundaries)】。

これは、他人と自分との間に引くべき「ある一線」のことだ。
健やかな毎日を送りたいのであれば、他人と自分との間に「ここから先は一歩も入らせないぞ」という【境界線】を設けることが必要不可欠なのだそうだ。



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※以下太字部分、上のリンク先・特定非営利活動法人アスクhttps://www.ask.or.jp/ のHPより【境界(線)/バウンダリー】についての解説文を一部引用。 
「境界には大きく分けて、体の境界と、心の境界があります。私たちは他人があまりに自分の体に近づくと、不安・不快になります。満員電車でストレスを感じるのは、体の境界を侵されているからです。
境界は、人によって違います。
あなたが『ここまでならOK』と感じるところ、それがあなたの境界です。(…以下略…)」
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たとえば、一人の人物が近寄ってきて、ずかずかと他者の境界線内に足を踏み入れてくる、といった場面を思い描いてみよう。
この人物、わざわざ意図して相手の嫌がることをしているように見える。おまけに、罪の意識などこれっぽっちも無さそうだ。
今度このような人物に出会ったら、「あ、この人は加虐者だな」と判断してもいいだろう。


多分、これまであなたは

【他人と自分との間に境界線を引く】

といったこととはほとんど無縁の人生を送ってきたのだろうね。
実際、サイコパス被害のサバイバーに話を聞くと、
「自他の【境界線】なんて話、初めて聞いた」
「他人と自分との間に【境界線】があるなんて。今まで全然意識したことなかった」
などと語る人が少なくないんだ。


確かに、例のサイコパスと関わったことで、あなたは「大はずれくじ」を引いてしまった。
でも、見方を変えれば、奴との接近遭遇があったからこそ、今、こうして【境界線】の考え方を発見できた、とも言える。
奴とのことがきっかけで新しい学びの機会がもたらされた、と解釈することもできそうだ。
あれはあれで、一種の「当たりくじ」だったのかもしれないね。
まぁ、ここまで有難みの無い「当たりくじ」は相当珍しいけれども。



人によってはこの「境界線を設ける」という作業を「健全な自己愛(ナルシシズム)」という言葉で表現しているようだが、僕としては

【自尊心(self-respect)】

と結びつける方がよりふさわしいのでは、と思う。

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「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。他者の期待など、満たす必要はないのです。」

※以上太字部分は、ダイヤモンドオンライン「嫌われる勇気──自己啓発の源流『アドラー』の教え」より引用。
(アルフレッド・アドラーの心理学を対談形式で解説した大ベストセラー「嫌われる勇気」に登場する「課題の分離」=あなたはあなた、私は私、線引きをきちんとしないといけないよ...という部分。【境界線(バウンダリー)】とほぼ同じことを表現しているように思えませんか?ーーー訳者。)
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ここで僕らはひとつ問題にぶち当たる。


今、【境界線】【自尊心】という単語を聞かされて、あなたはどんな印象を持つだろう。
自分とは全く関係の無い言葉にしか聞こえないんじゃないかな。
まるで遠く離れた異国の言葉のように、よそよそしい感じがするんじゃないかな。


だとすると、こうして学んだ内容をいざ実践に移そうと意気込んでみたところで、
「...うーん。境界線、ねぇ。ピンと来ないな~。大体私、ここまで自己中で無神経なこと言えるような人間じゃないと思うんだけどな~。」
と、かえって途方に暮れてしまうのではなかろうか。


勘違いしないで欲しい。
あなたは嫌な奴になってはいないよ。だから、心配しないで。
今までずっと「ドアマット」(注)の役ばかり演じていた自分に、はた、と気付いてしまったんだよね。
「こんな役、やめたい」とあなたが本気で思うのならば、自主的にアクションを起こす、つまり自分から役を降りる以外に道は無い。
自分らしさを押し殺してつまらない役ばかり演じるのは、もう懲り懲りだろう?
【訳注:ドアマットdoormat=他人からいいようにあしらわれてひどい目に遭わされる人のこと。】

あなたの心がよりたくましく、強くなっていくにつれて、腐れ縁的な友人関係や、マイナス面ばかりの人間関係は次々と行き詰まり、遅かれ早かれ崩壊する。用済みとなった人は去るだろう。
こうなったら、流れは明らかに良い方向へ向かっていると見ていいよね。
ただ、あなたにはそれがまだはっきりとわからない。
だから、時には「回復するのはいいんだけど、何かこう、最近、ついてないんだよなぁ...誰かから罰せられているような気がする。」と愚痴の一つや二つもこぼしたくなるかもしれないね。


違う、違う。
罰なんかじゃないって。


あなたはようやく

健全なものだけを自分の人生に招き入れる

ことを自分自身に許せる段階にまで上がって来れたんだよ。


取り込むのは健全な物や人だけ。それ以外は拒否してOK。
そこまでの自由を、やっと自分に許せるようになったんだ。
あなたの心がそれだけ強く、たくましくなったんだね。


ともかく、自分と他人の間には【境界線】をしっかりと引いておくに越したことはない。
それであなたがサイコパス化したり、自己愛過剰になったりすることはまず無いよ。心配ご無用。


それから、誰かのために何かをしてあげた場合に、与えた分と釣り合うだけのお返しを相手からももらいたい、と要求するのはごく当たり前のことさ。
これは別にサイコパス的でもなければ、自己愛過剰でもない。


だって、あなた自身はごく普通の、生きた感情を持つ一人の人間じゃないか。神様なんかじゃなく、ね。
なのに、これまであなたの周りにいた人達ときたら、あなたに「ごく普通の人間」以上のことをやってみせろよ、と、無茶苦茶な期待ばかり押し付けてきただろう?
...「先回りして気を配り、何から何まで面倒見てくれるような世話係」の役柄を、いつまでもあなたに演じていて欲しかったんだろうね。
その方が彼らにとっては好都合だから。


いつも他人に振りまわされる人のための366個の言葉
メロディ・ビーティ  Melody Beattie 翻訳:川口衆
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(「共依存 co-dependency」を扱った本の著者ではおそらく最も有名なアメリカ人心理療法家、メロディ・ビーティ/Melodie Beattie。
境界線の問題で苦しんだことのある人ならば、共感できるようなメッセージがきっと見つかるはずです。英語も平易なので、こちらもおススメ。)



かつてあなたの周りにいた人々のこと、思い出してみよう。
彼らは、あなたがより健全な、新しいやり方を取り入れようとする度にいちいち邪魔しては来なかっただろうか?
彼らと話した後はいつも、心の重みが増してはいなかっただろうか?
そうした経験が度重なると、
「やっぱり、私もサイコパスなのかな?血も涙も無い、冷血漢なのかな?」
(まさか!)
といった具合に、あなた自身も自分のことを疑うようになっていくんだよね。


全ては「条件付け」の成せる業なんだよ。
あなたは彼らが仕掛けた「条件付け」の罠にはまり、「悪いのは私」と思わされていただけさ。
「私はサイコパスかもしれない、私には思いやりが無い」と、自分を責めるようなな物の見方をするように、彼らによってそれとなく導かれていたに過ぎないんだ。


違うよ。
あなたはサイコパスじゃない。
冷酷非情な奴でもない。


いいかい。
奴らはね、とにかく自分の思い通りに好き放題やりたいだけなんだ。
そんな奴らにとって一番大事なのは「現状を維持すること」。
なぜかって?
既に出来上がっている上下関係を崩さずにそのままキープしておくのが、連中にとっては何よりも都合が良いからだよ。
だからこそ、その現状を揺さぶりかねないあなたを危険だと思い、罪悪感を植え付けたのさ。
現状を脅かす者は、それが誰であろうと容赦はしない。
闘う。倒す。
それがあいつらの流儀なのだ。


もちろん、こんな人間関係はあなたにとっては不快なだけだ。
だからこそ、自分と他人との間に【境界線】をしっかりと設定することがとても重要となってくるんだよ。これ以上カスのような人間関係に引き込まれないためにもね。


他人との間に適切な【境界線】をきちんと引けるようになれば、自分に合う人・合わない人を見極めるのもだんだん上手になっていくはずだよ。


大丈夫、大丈夫。
少々きつめの口調で相手を責め立てたとしても、あるいは「もう少し私のことを大切にして!」と主張したとしても、そんなささいな理由であなたがサイコパス化するなんてこと、まずあり得ないよ。


むしろ、そうした自己主張のスキルをもっと向上させることで、あなたはさらに強くなる。
今以上にたくましい人へと成長できる。


毅然とした態度が板につくまで、何度も何度も繰り返し練習していけばいい。
そうこうしているうちに、あなたの心の奥深くで長い眠りに落ちていた勇気も、いずれは目を覚ますだろう。
そうなったら、本格的な活動再開へと向けてぼちぼち動き出すんじゃないかな。



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